リモートワークでメンタル不調? 個の時代の新たな病「孤独問題」への処方箋

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SNSによって個人のスキルやネットワークが可視化され、フリーランサーや起業家、専門家として活躍する人が目立つようになりました。一方、多くの企業でリモートワーク制度が導入され、会社員にも自律的な働き方が求められています。

そんな「個の時代」が加速しつつある一方、新たに顕在化しているのが「孤独問題」です。「リモートワークやってたら鬱っぽくなった」というブログや、リモートワーカーやフリーランサーの体調管理の必要性が話題になるなど、働き方の多様性が進んだことで、新たな健康問題が生じています。

今回は、個の時代の新たな“病”?である、孤独問題への“処方箋”を、産業医の大室正志さんに伺います。

大室産業医事務所 産業医 大室正志

PROFILE

大室産業医事務所 産業医 大室正志
大室正志
大室産業医事務所 産業医
産業医科大学医学部医学科卒業後、産業医実務研修センター、ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社、医療法人社団同友会を経て現職。専門は産業医学実務。現在は日系大手企業や外資系企業、ベンチャー企業、独立行政法人など約30社の産業医業務に従事している。

「孤独になりやすい」日本におけるリモートワーク

―リモートワークやフリーランスとして働くことが浸透してきた一方、「孤独」を感じる人が多いようです。個として働く以上、孤独に耐えられる人でないと、そういった働き方をするのは難しいのでしょうか。

心の問題を「心の持ちようだ」と語る人も多くいますが、心というのは実体として最初からそこにあるものではなく、環境によって形づくられる部分が大いにあるのです。例えば日本人には「出過ぎた真似をするべからず」「お天道様が見ている」といった考え方がありますが、それは中世以降、ムラ社会が成立し、環境に最適化するために相互監視的な集団主義が浸透していったから生まれた考えだと社会心理学者の山岸俊男さんもそう指摘していますが、日本人が元々そういう性格だったというより、環境に最適化されたに過ぎないんですね。

その前提で話を進めると、そのムラ社会は昭和から平成にかけて、会社という組織の中で脈々と受け継がれてきました。会社は学校のようなもので、趣味もレクリエーションもすべて用意してくれたのです。新橋の飲み屋は「放課後の部室」、週末のゴルフは「遊園地」・・・別に趣味がなくても、楽しく過ごすことができた。それが平成も終わりに近づき、転職、副業、リモートワーク 、雇用の流動性と、ムラ社会を解体するような動きが出てきました。僕はそれを「つながりの規制緩和」と呼んでいるのですが、これまで会社という「普通預金」にすべての関係性を預けていた人が、いきなり自分なりのポートフォリオを組んで、分散投資しなくてはならなくなった。その大きな変化に、多くの人の「心」がついてきていないのです。

大室産業医事務所 産業医 大室正志

一方、これまで日本では会社でも社会でも同調圧力が強かったぶん、その反動で一歩街に出ると「おひとりさま」需要を満たす社会インフラが整備されてきました。コンビニ、カフェ、パチンコ・・・飲み屋でも大して話しかけられずに済む。一人で過ごすには快適な国です。海外ではカジノでも話すし、カフェでもスーパーのレジでも「ハーイ!」と話しかけられますからね。世界的に見ても、日本ほどいろんなところで「一人になれる」国はほとんどないでしょう。ですから、それに加えてリモートワークとなると、「ガチで一人」になるわけです。

―確かに・・・それでは孤独を感じるのも無理もないですね。

そもそも、リモートワークは欧米を中心に広がってきたわけですが、欧米の場合、働き方もジョブ型で、仕事を切り分けて成果で評価することも無理なく行うことができました。それと同時にセーフティネットとして、会社や地域、SNSでもそれぞれゆるやかなつながりがあり、そのうえで業務を遂行することができたわけです。

けれども日本はまだ少なからずメンバーシップ型の働き方の人が多く、部分的にリモートワークを導入したことで、ますます孤立感を深めることになってしまった。会社の中では相変わらずメンバーシップ型で、「同じ釜の飯を食う」みたいな関係性を築きながら、リモートワークの社員は「一人でコンビニ飯を食う」みたいなもの。そりゃあ、疎外感を持ちますよね。

―リモートワークを取り入れたことで、体調を崩すような人は出てきているのでしょうか。

リモートワークやフリーランスといった働き方を社会で注目されるようになる前からしていた人は、そもそも組織に向いていないからそういう働き方にした、という側面が大きかったと思うのです。体調を崩すとしたら、純粋に業務過多が原因、とかね。けれども今は、子育てや介護など物理的、時間的な理由や、「組織に縛られるのはイヤだ」と思いきってリモートワークを始めたけど、実際やってみると心身のバランスを崩してしまった、という人が出てきていますよね。

大室産業医事務所 産業医 大室正志

「自分は大丈夫」と思っている人にも落とし穴

―生活の中で、どんな兆候が見られたら「危険信号」なのでしょうか。

リモートワークの場合、「周りが気づいてくれる」ことも期待できませんから、自分で気づくしかありません。メンタル不調というのは、言い換えれば「脳のCPUの低下」なんです。今まで1時間で作れた資料作成に2時間かかったり頭が働かなくなったり・・・ということがあれば、何らかのシグナルと言っていいでしょう。それと、趣味。趣味は本来、低ストレスでできることのはずですから、それすらできなくなったら危険ですね。

あとは、返信が遅くなったり、できなくなったりしても危険な兆候です。コミュニケーションが億劫になっていることの表れですから。リモートワークを始めたり、フリーランスになったりしたときに特に要注意なのは、チャットやメールが仕事の生命線になっているからなんですよね。会社員だったら、「あのメール返してないけど大丈夫?」「ちょっと体調悪い?」と周囲が気づくこともできるけど、フリーランサーだと単にめちゃくちゃ忙しいのか、レスが遅い失礼な人だと思われて、敬遠されるだけですからね。

―誰にでも思い当たる節がありそうです。

ただ、最近では「人間中心主義」になってきたというか、人は体調を崩すものという共通認識が広がって、昔よりは寛容になってきた気がしますけどね。「週刊誌の漫画家は毎週書かないといけない」みたいな感じだったけど、『ジョジョの奇妙な冒険』の荒木飛呂彦さんみたいな方は鉄人なわけですよ。そのルーティンを破ったのが『ストップ!! ひばりくん!』の江口寿史さんだったんだろうけど、「江口さんなら仕方ない」みたいになってきたじゃないですか。そうやってうまく期待値コントロールをして、事前に調整して自分のペースを保つのも一つの方法だと思います。

―「自分は大丈夫」だと考えている人が陥りがちな落とし穴はありますか。

先ほどお話ししたように、もっとも陥りがちなのは業務過多。往々にしてワーカーズ・ハイになっているというか、徹夜明けでエナジードリンクを入れている状態で「大丈夫」だと誤認してしまうわけです。もう一つは、その自信が大きなトラブルを引き起こしてしまうこと。「個として生きる」と、虚勢を張っているような人は、周囲に慰められるのが嫌いなんですよ。仕事でミスしても、“慰められたい・・・いや、慰められたくない”というか。プライドが高いのは、自分に厳しいということですから、自信を失ってしまうと、それを取り戻すのも時間がかかるのです。

―SNSによって孤独感を補完することはできませんか。

SNSもまた落とし穴で、これまで、自分の比較対象は会社の同期くらいしかいなかったけど、今ではそれが無限に広がってしまった。地元の幼なじみや大学の同級生が何をやっているかも分かるし、同年代のインフルエンサーも大勢いる。会社の中ではそれなりに恵まれていたとしても、SNSを見て「どうして自分は評価されないんだ」と不満を感じてしまうのです。これを社会心理学では「相対的剥奪感」と言います。ホリエモンに延々とSNSで絡んでいる人は、「自分もホリエモンになれたかもしれない」と思って不満をぶつけているんですよ。昔は美空ひばりに絡む人なんていなかったはず。スターと民衆との間に大きな壁がなくなって、大衆化したからこそのストレスで、これもSNS時代の弊害です。

SNS

個の時代には「つながりのポートフォリオ」を

―リモートワークやフリーランスでも、孤独にならないような対策はあるのでしょうか。

そもそも、物理的に一緒にいないのに、心理的に一緒にいようとするのは結構難しいんですよ。ですからリモートワークをするなら、働き方として中途半端にメンバーシップ型を残すのではなく、ジョブ型へ移行するのが妥当でしょう。ジョブ型にして、業務が定型化されると、社外の同じ職種の人と話したり、つながったりすることができるので、同じような悩みや課題を共有することができる。フリーランスなら、同じようにフリーランスとして働いている人とのつながりを持つべきでしょう。

欧米では、仕事だけでなくプライベートでもジョブ型なんです。「ピアサポート」の考え方が浸透していて、依存症患者や自死遺族など、同じような経験を経た人々の自助グループも多いですし、価値観や課題意識を共有できる人とのつながりを重視しています。けれども日本ではプライベートでもメンバーシップ型で、どこ中学にいたとか、会社の同期とか、価値観や課題意識は別として「どのタイミングで一緒にいたか」を重視する。

今はつながりの規制緩和が起きて、仕事でもプライベートでも、いかにバランスを取るか、ポートフォリオを自分で考える必要が出てきた。リモートワークやフリーランスで、物理的に孤独になりやすい状況なら、「つながりのポートフォリオ」を見直さなければならないのです。

大室産業医事務所 産業医 大室正志

―では、「つながりのポートフォリオを組み立てる」にはどうすればいいのでしょうか。

金融のポートフォリオでも「ハイリスク・ハイリターンがいい人」と「ローリスク・ローリターンがいい人」がいるように、つながりのポートフォリオも人それぞれなんですよ。

パターンとしては二つあって、一つは「あなたがいてよかった」と存在を肯定されたい人、もう一つは「あなたの能力はすばらしい」とスキルを肯定されたい人。自分がどちらなのかを見極めた上で、取引先やつきあう相手を考えてみるといいでしょう。

例えば、存在肯定型の人は、10社も20社もつきあってたくさん案件を回すよりは、2、3社ガッツリつきあえる取引先と手を組んで、「〇〇さんとやってよかった」と言ってもらえるほうが、モチベーションも上がります。ただ、気をつけなければいけないのは、存在肯定型の人はスキルがないところまでつい引き受けてしまうこと。自分で自分を客観視できる人はいいんだけど、リモートワークやフリーランスだと、どうしても人に指摘される機会が少なくなりますから、「この人なら何を言われてもいい」と思えるようなメンターとのつながりも作っておくべきでしょう。

スキル肯定型の人の場合は、スキルがアイデンティティですから、スキルが通用しなくなったり、古くなったと感じたりしてしまうと、メンタルを崩しがちになる。ですから、セミナーや勉強会などスキルを磨けるようなつながりを作っておくといいんです。

―大室さんは、ご自身のポートフォリオをどう組み立てているのですか。

僕の場合は、どちらかというとスキル肯定型だから「いてくれてよかった」という言葉は相対的には響きにくいはずな気がするんですが、職業柄か妙にメンター役を務めることが多いんですよね。とはいえ、仕事以外のつながりにあまり戦略性はないです。プライベートですし、単に面白いかどうかだけでつきあってます。

そこはちょっと、先ほどの話からはズレるかもしれないけど、定量化できない感性で決めるべきものなのかな、と。今の世の中、何が仕事につながるか分からないし、仕事は仕事、プライベートはプライベートと分けて、存在肯定かスキル肯定か、ジョブ型かメンバーシップ型かと比較して、どちらかに決めるというより、「チューニングする」という言い方がふさわしいかもしれません。

大室産業医事務所 産業医 大室正志

昔は「平日は公務員で、土日は野鳥の会に参加してます」みたいに公私ハッキリ分かれていたり、社外人脈というと「異業種交流会で手裏剣のように名刺を配ること」だったりしましたが、今は公私がグラデーション化しているじゃないですか。もともと仲の良かった人に仕事をお願いするとか、一緒に仕事する同僚と価値観も近いから、プライベートでも良くつるむようになる、とか。地縁や血縁と違って、普通のつながりは良くも悪くも、自分で維持しようとしなければ消えるもの。ですから、ビジネスとプライベート、そしてその中間でグラデーションを描きながら、定期的にチューニングしていくのがいいのではないでしょうか。

―そのチューニングはどうすればいいのでしょう?

どんなつながりがストレスなく過ごせるのか、改めて考えてみるということですね。本当に、人によって違うんですよ。「会社ではなるべく一緒にいたいけど、二次会のカラオケまではつきあいたくない」とか。幻冬舎社長の見城徹さんみたいに「内臓と内臓をこすり合わせる」ような関係性を求める人もいれば、山下達郎さんと大瀧詠一さんみたいに「年に一回、新春放談すればいい」人もいる。

余談だけど、バンドマンにもジョブ型とメンバーシップ型があって、BUMP OF CHICKENは同じ中学の同級生だからメンバーシップ型、ORIGINAL LOVEはメンバーシップ型からジョブ型に移行しようとしていたけど、結局一人になりました。YMOみたいに個としてプロフェッショナルでありつつ、絆も深い。メンバーシップ型でありジョブ型ある。そんな、つかず離れずの関係性を保ちながら一緒にやっていくのが、個人的にはいちばん理想的だと思いますけどね。

会社に勤めている以上、嫌な上司がいても逃れられないけど、ビジネスとプライベートの中間でなら、いくらでもつながることができる。結局、ストレスを感じることの大半は人間関係の問題に集約されるんです。人間という存在のジレンマだけど、つながりがなければないでつらいし、あってもつらい場合がある。つながりは喜びも苦しみも内包しているものなんです。

ですから、ビジネスで孤独になりがちなら、家族やコミュニティとか、他のところで補完して、自分なりのポートフォリオをつくる。それが、個の時代におけるベストプラクティスなのではないでしょうか。

大室産業医事務所 産業医 大室正志

[取材・文] 大矢幸世、岡徳之 [撮影] 伊藤圭

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