出た答えは「売り上げを減らそう」京都の超ホワイト企業が業績至上主義に抱く違和感

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経営者や事業責任者にとって、ビジネスをスケールさせ、利益を追求していくことは「責務」とされています。けれどもその方向性とは真逆のスタンスを取り、「売上増や多店舗展開は捨てている」と公言する企業が京都にあります。

株式会社minittsが運営している国産牛ステーキ丼専門店「佰食屋(ひゃくしょくや)」は、「本当に美味しいものを1日100食限定」で提供。社員たちは売り切って、就業時間通り、残業ゼロで帰ります

さらに子育て中の人やシングルマザー、障がい者など多様な人材を正社員として登用し、時短勤務や有給休暇の完全取得など、まさに「超ホワイト企業」でありながら、2012年の開業から現在は京都市内に3店舗を構え、いずれも30分から2時間待ちと盛況を見せています。

佰食屋

「社員にとって働きやすい会社」と「会社として成り立つビジネスモデル」を両立させるような発想は、どのように生まれたのでしょうか。株式会社minittsの代表取締役である中村朱美さんにその経緯と、「佰食屋」が実現している新しい働き方がどんな影響をおよぼしているのか、お話を伺いました。

株式会社minitts 代表取締役 中村朱美
PROFILE
株式会社minitts 代表取締役 中村朱美
中村朱美
株式会社minitts 代表取締役

京都教育大学卒業。専門学校の広報として勤務後、2012年9月に飲食・不動産事業を行う「minitts」を設立。同年11月に『国産牛ステーキ丼専門店 佰食屋』をオープン。子育て中の女性やシングルマザーなど多様な人材の雇用を促進するなど、ワークライフバランスを意識した取り組みが評価され、「第4回京都女性起業家賞」最優秀賞、京都市「真のワーク・ライフ・バランス」推進企業賞など受賞。

経営のプロにも否定された「100食完売したら閉店」のビジネスモデル

―飲食店としては非常にユニークなコンセプトですよね。

そんなに深く考えてたわけじゃないんですよ。「1日100食限定」にしたのも、「適当」なので(笑)。最初は私と主人、主人の母と3人でお店やって、「100食行けたらいいよね」ということで。お店のオープン日が「11月29日(いい肉の日)」だったのも、たまたまテナントが空いた時期で、語呂もいいよね、と。

でも冬が始まったばかりで、寒いのもあって、お客さまが20、30人くればいいほう、というのが1カ月くらい続いたんです。どうしよ、ほんまにやってよかったんかな・・・と不安で。

佰食屋

でも忘れもしない、暮れも差し迫った2012年12月27日、突然お客さまが70名くらい来はったんです。当然途中で食材も足りなくなって、営業中に買いに走って・・・。お客さまに「何を見て来られたんですか?」と聞いたら、どうやらどなたかがお店をブログで紹介してくれたみたいで、それがYahoo!の地域ニュース欄にリンクされてたらしいんです。

それからはもう、毎日お客さまもたくさん来られて、地元誌やテレビに取り上げられて・・・翌年の3月からはもう100食売り切れない日はほとんどないくらい、ずっと忙しくさせてもらってます。今はもうさすがに3人では回らないので、1店舗につきスタッフ5人強で回しています。

株式会社minitts 代表取締役 中村朱美

―どうしても一般的に飲食店は拘束時間も長く、大変なイメージがありますが、どうやってコンセプトを考えたのですか。

私も主人ももともと、まったく別の業界で仕事していたんです。私は営業や広報の仕事、主人は不動産業で、いずれも「契約が上がると給料も上がる」インセンティブのある仕事です。

飲食店って、平日より土日のほうが大変じゃないですか。それなのに、土日に働いたからといって給料が高くなるわけではない。閉店間際にお客さまが入ってこられても「あぁ、また店じまいの時間が遅くなる」ってしんどくなるだけで。

インセンティブみたいに、もっと「頑張ったら自分に返ってくる仕組み」を飲食店にも導入できないかな、って考えたんです。そこで「1日100食」と上限を決めて、「早く売り切れば、早く帰れる」となったら、みんな頑張れるんじゃないか、と思ったんです。

佰食屋

―何か参考にしたビジネスモデルはあったのですか。

いえ、ヒントも何もなかったんです。主人とふたりで話し合って決めただけで。ただ、ひとつ言えるのは、「自分たちが働きたいと思える会社にしよう」ということ。「100食売り切ったら早く帰れて、給料もしっかりもらえるんやったら、働きたいよなぁ」って。それが他の人にとってどうなのか、というのはあまり考えていませんでした。

でも、開店の2カ月前にビジネスプランコンテストに出て、審査員の方々にけちょんけちょんに言われたときは、さすがに落ちこみましたけどね(笑)。中小企業支援の専門家や大学教授とかに「そんなのバカらしい」と言われて・・・「見てろよー!」と逆に燃えました(笑)。

「これまでになかった業態だからうまくいかない」っていうのは短絡的すぎるし、新しいアイデアだからこそなかなか受け入れられてもらえないというのはあるんでしょうけど・・・頑張ってうまくいくことを証明して、見返してやろう、と。

佰食屋

―その甲斐あってか、今では京都市内で3店舗を数えるほどとなりました。

ただ、「店舗を増やそう」と思ってそうなったわけではないんです。

お店を続けているうちに、社員たちが成長してくれて、店長をまかせられる人も出てきて・・・それに店長にならなかった人もそれに匹敵するくらいの成長ぶりだった。1スタッフとして働くにはもったいないくらいで、それなら店舗をもうひとつつくって、その人を店長にすればいいんじゃないかと考えました。

―そうやって人の成長に合わせて、お店を増やしていくなら、ゆくゆくは他県でも展開する予定はあるのですか。

ひとり成長したからといってもお店はひとりではできませんし、個人としての成長だけでなく、ある種やる気を持って店舗を運営しようと考えてくれる人は必要だと思うのですが・・・少なくとも京都以外に直営店を出すことは、未来永劫ないと思います。

もともと主人も私も京都生まれ京都育ちですし、「自分たちが働きたいと思える会社にしよう」と決めて始めたので、他府県へ店舗を出すとなると、出張や転勤を余儀なくされるじゃないですか。それは、自分だったらイヤやなぁ、と。自分がイヤなことを社員に命じたくはないんです。

株式会社minitts 代表取締役 中村朱美

「自分が働きたい会社」であるために、売上増や多店舗展開は「捨てる」

―「もっと会社組織を広げていこう」「売り上げを伸ばそう」と考える経営者は多いと思うのですが、そういった思いはないのですか。

どうしても高みを目指すとなると、多くのものを捨てないといけないと思うんです。大きな会社になってくると、従業員満足度とは両立できなくなってくることもある。いちばん大切なのは、「自分たちが働きたい会社」であること。そのために、前年度対比増や多店舗展開は捨ててます。それはもう、躊躇なくそうしてますね。

―では、「自分たちが働きたい会社」の条件はなんでしょうか。

絶対に譲れないのは、「家族で晩御飯を一緒に食べられること」。それまでに余裕をもって帰れる、ということですね。

それともうひとつは、役割を明確化すること。会社でクレド(信条)を設定してるんですけど、「集客」は経営者の責任なんです。その代わり、毎日お店へ来られるお客さまへの対応・・・「接客」は、現場の皆さんの責任です。

佰食屋

ですから、社員たちがお店に立って、「あぁ、集客のためにビラを配らなきゃ」「メルマガ書かな」って、ボーッとしながらレジ打ちするようなことはないんです。社員一人ひとりにノルマもありません。「みんなで1日100食売る」。これだけです。

―だんだん仕事に慣れてくると、「もっと別のことがしたい」とか、「店長になってもっと稼ぎたい」と思う人も出てくるような気がするのですが・・・。

そういう問題って、意外とうちでは起こらないんです。採用の時点でミスマッチにならないよう、役割を明確にしているから、「新しいことをやってみたい」とか、「営業バリバリ頑張ります」みたいな人は来ませんし、来られてもうちでは活躍できる場がないので、採用しません。

どちらかというと人前で話すのが苦手だったり、面接が苦手で他企業に採用されにくかったりするような人がうちに来るんです。でもそういう人は、言われたことを真面目にしてくれるし、毎日同じ仕事をするのが得意な人が多いんですね。

その中から店長になるのは、「リーダーシップのある人」というより、お店の仲間から慕われるような人。発注やお金の管理など、お店の運営能力に長けた人です。

私たちの場合、会社として重要な決断やベクトルを決めるのは経営者であって、社員たちはアイデアを生むのが苦手でも問題ありません。ある種、トップダウンではありますよね。ただ、「海外のお客さまへご案内できるよう、外国語を勉強した」とか「外国語対応のリストを作った」とか、お店で接客する中で生まれた工夫は、ちゃんと表彰したり金一封をあげたりしています。

佰食屋

―「接客」をまかせられた責任の中での創意工夫を、しっかり評価しているんですね。実際に働いている従業員の方々の反応はいかがでしょうか。

とてもいいですね。「ずっと飲食店で働いてたけど、初めて子どもとお風呂に入れるようになった」とか、シングルマザーの人が「親に子どもの送り迎えを頼まなくてもよくなった」とか・・・。入社してから彼女ができて、結婚して子どもができて、育休を取った男性社員もいます。早く帰れるので、バレーボールのサークルに入っている人もいるし、仕事帰りに飲み会や婚活パーティに行く人も。

自分の好きなことに使える時間が絶対取れるのは、みんなにとっても安心材料になっていると思います。

―仕事が早く終わるぶん、プライベートを充実させることができる、と。

仕事って本来、自分の人生を豊かにするためにあると思うんです。お金を稼いで、楽しく過ごすためのもの。でも多くの人が人生の大半を仕事に費やしてしまう。それってもったいないじゃないですか。

いちばん大切なのは、家族や大切な人との時間。仕事以外の時間にこそ価値がある。だから、有給休暇も完全に取得してもらうし、その理由も「彼女と付き合い始めた日記念にご飯を食べに行くから」とか、「彼氏と旅行に行くから」とかで全然構いません。

株式会社minitts 代表取締役 中村朱美

―「そんなことで休むの」じゃないんですね。

もちろん、私たち経営者も人間なので、何でもかんでも「休んでいいよ」とは言い切れないこともありました(笑)。じゃあそれなら、私たちのマインド的にどうしたらハッピーになれるかどうかを考えて、従業員のみんなで有給休暇の管理をしてもらうことにしたんです。休みたい日が決まったら、アルバイトの人や他のメンバーに「この日に休みたいので、出勤をお願いできませんか?」と。各店舗5人程度の小さなお店ですから、そんなに難しくないんです。みんなで管理することで、上司の許可をお伺いすることも必要ない。そこからは本当にみんな自由に有給休暇を取得するようになりました。

―なるほど・・・。なんだかあまりに「理想的な会社」過ぎて・・・。

ビジネスをご存知の方には、よく「細かいところまで考えた完璧なビジネスモデルだね」っておっしゃっていただくこともあるんですけど・・・最初からこんなに綿密に決まってたわけではないんです。やっているうちに、「これ、おかしいよね」「こうしたほうがいいやん」って感じたことを実行に移してきたんです。

最初は、主人が作ってくれる「ステーキ丼」が何よりも美味しくて、「死ぬ前に最後に食べたい」っていつも思ってたんですよ。でもそれを私がずっとひとりじめするんやったら、誰かに食べてもらったほうがいいんじゃないかな、と思って。

 
佰食屋

牛肉は塊で買ったほうが安く済むけど、ステーキ丼だけだとモモ肉しか使わないから、それ以外の部分はハンバーグやサイコロステーキにして。原価を低く抑えたいし、もったいないから「食材ロス0」を目指していったら、京都市の「食べ残しゼロ推進店舗」にも認定されて・・・。真面目に働いてくれる人を探していたら、家族を介護している人や障がいがある人も採用するようになった。

別に、「立派なことをやろう」とか、「社会をよくするために犠牲になろう」とかじゃないんです。どんなふうに働きたいか、働きたいと思える会社になるかを突き詰めていっただけのこと。京都人らしく、「ケチで凝り性」なところが、たまたまうまくいったんやと思います(笑)。

会社が儲かっても、社員が報われないのはおかしい

―世の中の経営者の多くが、ある種「業績向上至上主義」を貫いている中、なぜ中村さんはまったく異なるスタンスでいられるのでしょうか。

うーん、そうですねぇ・・・他の経営者の方や社長さんに聞いてみたいんですけど、会社に利益を残して、何をしたいのかな、と。

「内部留保の5億円を使って、設備投資します」って言われても、その5億を稼いだのは今いる社員であって、別に設備投資しても彼らは報われないじゃないですか。もちろん、いろんなお金のやりくりの仕方はあるんでしょうけど、もし店舗を増やすなら、普通にそのために融資してもらえばいいだけのこと。利益を会社に残していくと、今年頑張ったその人がいつまで経っても得しない。稼いだら稼いだその年にいる社員たちに分配するのが、自然な考え方だと思うんです。

自分が会社員として働いていたとき、上司にもガンガン意見してたし、成績も上げてたんですけど、いくらそれで会社が業績を伸ばしても、自分の給料が思ったようには上がるわけではなかった。それが設備投資とかに使われてしまうと、なんかもう「やりがい搾取」みたいに感じてしまって・・・。会社に貢献している人が報われないのって、会社にとっていちばん不利益なんじゃないかと思うんです。

株式会社minitts 代表取締役 中村朱美

―雇用される側としては、そう考えてくれる経営者が増えると、もっといい世の中になりそうですね。

ただ、くれぐれも言っておきたいのは、「めちゃめちゃ儲からない」ってことです(笑)。幸い、うちの会社には不動産業というもうひとつの柱がありますが、それもコンスタントに建売住宅が売れるとは限らない仕事。社員の数だけ社会保険料も払わないといけないし、税金も納めないといけない。それでも、倒産しなければいいんですよ。会社として継続していけたら。

お金はあくまで、自分たちの夢を叶えるもの。夢は、「この会社をできるだけ続けていくこと」なので、それ以上に稼ぎたいという欲はあまりないんです。それより、自分の時間がなくなってしまうほうがつらいです。

私自身の給料も社員へ公開していますし、月々の役員報酬は8万円。いまは事務仕事がメインで、店舗に人が足りないときに手伝うくらい。たまに全国で講演会や大学の講義が入れば、それが私の「稼ぎ」になります。

―とても謙虚なんですね。その夢・・・「会社を続けていくため」にいま、どんなことを考えていますか。

今年は地震や台風など災害が多くて、真剣に考えさせられました。「クリックひとつ」でなんでも買える時代だし、それでも「わざわざ食べにきてもらえる」のって、本当に大変です。どうやったら生き残っていけるか、何が起こっても「ブレない利益」を生み出せるのかを考えた結果、出た答えは、「売上を減らそう」と

―えっ・・・。

株式会社minitts 代表取締役 中村朱美

おかしいでしょう(笑)。普通やったら、「二百食屋」「万食屋」にいくと思うんです。よく「夜もお店開けたら」って言われるんですけど、営業時間を増やしても、お昼に来られてたお客さまが夜へ分散するだけ。大して売り上げは伸びないんです。

それなら、「佰食屋二分の一」・・・つまり、「五十食屋」をやろう、と。50食なら、スタッフ2人でも回せるし、利益はそこまで減らないから、会社としては安定して低空飛行ができます。それがうまくいったら、今度は全国に「働き方のフランチャイズ」を広げていけるんじゃないかな、って。

いま、講演活動をしてるのはその一環なんですけど、「ワンオペ育児で、ちっとも父親が子どもと過ごすことができない」家族はいっぱいいると思う。私自身、子どもを育てていると、やっぱり「朝と夜は一緒に過ごしたい」って思うんですよね。そういうふうに暮らせる家族を、日本中に増やしたい。

「五十食屋」なら、他の地方でもクリアできる数字だろうし、夫婦ふたりで始めることもできる。朝の10時から夕方16時まで働けばいいから、一緒に朝ごはんを食べて、保育園に迎えにいくことだってできます。定休日も自分たちで決めて、家族で旅行にも行けますよね。そんな働き方を、全国に広げていきたいんです。

株式会社minitts 代表取締役 中村朱美

[取材・文] 大矢幸世、岡徳之 [撮影] 八月朔日 仁美

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