「従業員ゼロ」が最高の職場? 小笠原治が挑戦する、持たざる組織づくりとは

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日本がかつて高度経済成長を実現できた一因には、終身雇用など、企業のあり方、個人の働き方が固定的かつ安定的で、それゆえに従業員が迷わず一つの方向に向かって邁進することができた、という側面があったでしょう。ところが・・・

時代の変化が激しい昨今、他ならぬこの「固定的かつ安定的であること」が、「柔軟でない。むしろ組織や個人から活力を奪っている」と、ネガティブに捉えられるようになりました。では、今の時代に合った組織や働き方とはどのようなものなのでしょうか。

組織にも働き方にも柔軟さが求められる、そのほうが活力が増すと言うのなら、いっそのこと「従業員ゼロ」という未来の組織像だってありえるかもしれない--。

そんなことを考え、「持たざる組織づくり」を実験しているのが、さくらインターネットの共同創業者で現フェローの小笠原治さんです。

さくらインターネット株式会社 フェロー 小笠原治

人を雇わずにどこまでチーム力の高い組織をつくり、事業を推進していけるか--。追求すれば、ある程度のところまではいけることが、実感を持って分かってきました。

「従業員ゼロ」ということは社員は全員クビになるのか? それで会社は成り立つのか?・・・そうした疑問を持ちながら、小笠原さんが考える「従業員ゼロ」という未来の組織像、そして「従業員ゼロ時代」の働き方についてお話を伺いました。

雇用という形態にこだわりすぎないほうがいいかもしれない

小笠原さんが実践されている「人を雇わない実験」とはどのようなものですか?

さくらインターネット株式会社 フェロー 小笠原治

その質問に答えるのには、僕がなぜそういうことを始めたのかという、「そもそものところ」からお話しするのがいいかもしれません。

僕はさくらインターネットのフェローの他にもいろんなことをやってまして、それを勝手に「アイザック・プロジェクト」と呼んでいます。アイザック・ニュートンの「リンゴが木から落ちたのを見て引力に気づいた」っていう逸話が好きで、でもある時、自分はニュートンのような天才ではないということが分かってしまった・・・。だったら、ニュートンのような「気づきそうな人」の前にリンゴを落とす人になれたらいいなと思って始めたのが、このアイザック・プロジェクトです。

そうやっていろんなことをやって気づいたのは、「正規雇用という働き方が必ずしもベストではないんじゃないか?」ということです。

さくらインターネット株式会社 フェロー 小笠原治

なぜ、そう思ったのですか?

例えば、僕は「awabar」というバーを六本木で経営しているんですが、世の中の多くの飲食店と同じように、そこのスタッフは非正規雇用で、時給は千数百円です。彼らはダンサーとかボーカリストとか、他にも本業があって忙しいはずなのに、それでもうちの店で働いてくれています。なおかつ「非正規だからつらい」という話は聞きません。彼らは食い扶持としてアルバイトしているのではなく、「働きがい」に重きを置いている人たちなんですね。

また、「DMM.make」というモノづくりをやりたい人たちのためのコワーキングスペースをつくらせていただいたんですが、この場所を使っているのはスタートアップだったり、フリーランスの方が多い。彼らもまた、awabarのスタッフと同様、いわゆる将来の保証なんて他人からしてもらってはいないんだけれども、従業員ではない働き方を望んでやっている人たち。

一方で、正規雇用で働く「従業員」であっても、意外と会社のことを分かっていないものだし、従業員になることで会社のことが冷静に見られなくなってしまうこともあるんだなあ、と感じています。

「会社のことが冷静に見られなくなる」とはどういうことでしょうか?

さくらインターネット株式会社 フェロー 小笠原治

さくら(インターネット)で働いている人はほとんどが正規雇用で、長い人は10年以上働いてくれています。データセンターみたいな大きな資産を持って運用しているという意味でも、DMM.makeを利用しているスタートアップの人たちとは対照的。

そのさくらは、上場した直後、2007年ごろにある事業が失敗して、債務超過状態になったことがありました。その時に一度、人が減っているんです。安定した上場企業に入ったつもりが、「あれ? どうも状況がおかしいぞ」ということになって、会社を去っていく人がいたんですね。でも、その時も含めて、今日まで一度も売り上げは減っていないんですよ。

つまり、転職してくる前とか、まだ会社の外にいた時は結構冷静に会社のことを見れていたはずなのに、ひとたび入ってしまうと会社と自分との間に変なフィルターが入ってしまうことがある。

あるいは、もう少しマクロで世の中を見ても、かつて世界の企業ランキングのトップには、人も資産もたくさん抱えていた日本の金融機関やメーカーがいたけれども、いまや人も資産も必要以上には持たないテクノロジー企業にその位置を取って代わられている。生産性の考え方が変わってきているのかなと。

そうした状況を目にする中で、「雇用という形態にあまりこだわりすぎないほうがいいんじゃないか?」という思いが、自分の中でだんだんと強くなっていきました。

さくらインターネット株式会社 フェロー 小笠原治

「業務委託+権限委任」のほうがうまくいく、という発見

それで今は、さくらでも「パラレルキャリア」というのを進めています。

さくらでは事務的な仕事をしつつ、他のところで、例えばタレントさん的な仕事をしている人もいる。僕自身もその一人です。さくらでフェローをやりながら、一方ではメルカリの「R4D」という研究組織でシニアフェローをやっています。

実はこれ、時給1000円のアルバイト雇用なんですけど、でも・・・

え、R4Dってアルバイトなんですか?

そうですよ(笑)でも、「こういう研究がしたい」とか「これくらいの予算をつけてくれ」っていうことは平気で言えますし、それを実際にやらせてくれます。僕にとってはとても理想的な働き方なんです。僕って、お金を懐に入れたいというよりは、それを使って好きなことがやりたい人なので。

こういうことを言うとよく、「それは小笠原さんがお金を持ってるからできるんでしょう?」と言われるんですけど、「いや、持ってないです、使ってるんで」って話で。

要は、自分の財布に一回入ってこないほうが使い勝手がいいんですよ。自分の財布に入ってくると納税しないといけなくなるので。目的が合っていれば、会社からしても1億円を僕に払うんだったら、僕に払わずに会社のお金として使わせたほうが得ですよね?

まあ、僕みたいなのは極端な例かもしれないですけど。でも、心の奥底では僕と同じように「面白いことを、好きなようにやらせてくれたらいいのに」って思ってる人は、結構いるんじゃないですかね。でもね、そこに「安定的に」が加わると、これが一番難しいですよ。そんな都合のいい夢みたいなことを、「雇用」というものに期待しないほうがいい。

さくらインターネット株式会社 フェロー 小笠原治

じゃあ、どうすれば「面白いことを、好きなように」できるのか。そうやって考えた一つの形が、「業務委託」なんです。さくらというのは、わりと実験的なことがしやすい場所ではあるんですが、とはいえ、数百人規模の会社なので、なかなか振り切った施策というのは難しいところがある。それでまずは、僕が関わっているハードウエアスタートアップのtsumugで、これを実践しています。

tsumugで広報をやってくれている女性も、やっぱり業務委託なんです。業務委託なんですけど、そこに「権限委任」という形で、月にいくら使っていいよという「予算」と、それをどこに使うかを自分でジャッジしていい「権限」を付与しています。「予算」と「権限」があれば仕事ってしやすいですよね? というか、それこそが仕事のはずなんですけど。

正規雇用ではなく、「業務委託+権限委任」ということですね。

そうです。社会に出たばかりの新人の時に、いきなりそう言われたらちょっとしんどいですけど、少なくとも、組織の中である程度働いたことのある人なら、「自分に権限があればなあ」と感じたことは一度や二度ではないはず。だったらそれを、会社の中の権限規定みたいな役職と権限が画一的なものじゃなくて、ちゃんと契約という形で委任しましょう、と。

その人に期待する業務内容、ギャラ、期間を決めて、その中であれば何をしてもいいよ、という。これが一番シンプルで、働きやすい働き方だと思うんですよね。

さくらインターネット株式会社 フェロー 小笠原治

業務委託のことを「下請け」とかって呼ぶ人もいますけど、権限も一緒に託すということは、例えばここで取材していただいたことが世の中にどう出るかは、広報である彼女が決めていいわけですよ。いちいち会社の上司に確認しないといけないというのと比べたら、どっちのほうが働きやすいか。

本当はそれを「新しい雇用」という形に落とし込めたら最高だなと思ってるんですけど、現行の労働基準法の中ではそれはなかなか難しいんで、さてさてどうしたものかなと、今まさに模索しているところです。

必要とされていないところで働く人生は辛すぎる

最近はさらに、「4時間労働制」というのも考えています。特定の方には1日4時間でこれまでの3分の2の報酬を担保します、と。そうなれば、残りの時間でもう一つ4時間の仕事をして、本当の意味でのパラレルワークも可能になります。

例えば、さくらでは営業としてこれまで通り働きつつ、イラストレーターもやってみたかったんだったら、ピクシブではイラストレーターをやったりとか。その代わりイラストレーターとしてはひよっこなので、報酬は3分の1くらいしかもらえないかもしれない。ただ、それでも元の生活水準は維持されているから、トライできる。

…っていうふうに、もっといろんなことをしたほうがいいと思うんですよ。ただ、先ほども言ったように、現行の労働基準法でいくと、労働時間や社会保険など労務管理の観点から現実的には運用がまわらない状態にあるので、そうなると現時点での僕の最適解としては、パラレルで働きたいという人は業務委託がいいだろうということになる。

tsumugでは実際、業務委託で関わってくれている20数人のうち、6人は業務委託+権限委任という形で働いてもらっていて、例えば、月に200万円までの実施判断をおまかせします、その代わり、エビデンスはちゃんと残してくださいという形。そういう方々が、他の会社でも同じように活動し始めています。

一方でこれは、世の中に対する「タレントのシェア」にもなるわけです。

さくらインターネット株式会社 フェロー 小笠原治

例えば、僕らがプレスリリースをストーリー仕立てで作りたいという時に、それをフリーのライターさんにお願いするとして。けれどもその時に、1回5万円の単発仕事としてやるのと、「自分もさくらの一員なんだ」と思って書くのとでは、やっぱり違いますよね?

依頼する側から見ても、「これ、ちゃんとうちのこと分かって書いてくれてる?」って問える関係にないと、その人の100%の仕事なんて引き出せないじゃないですか。究極的にはそういう関係値をいかに作るかということだと思うんです。

そのためには「参加」っていう意識が一番大事で。「雇用しないほうがいいかもしれない」というのも、要はそこで。僕は今の「雇用」という方法論で、「参加」っていう意識が十分に引き出せているとは、あんまり思えていないんですよ。

安定を求めるっていう意味合いでは、理解できないわけじゃないんです。会社だって現状、人を切りにくいですからね。でも、「切りにくい」というだけで、自分がそこで必要とされていないのに居続けるって、人生として結構辛くないですか? 僕自身はやっぱり必要とされることが糧なので。必要とされれば頑張れるし。

これは会社だけにかぎった話じゃなくて、例えば家庭で、奥さんに「いらない旦那」あるいは「ただのATM」だと思われているとなったら、その家庭にいたくなくなりますよね? ATMでさえいられなかったら、もはや居場所なんてないですよ。だから、自分が必要とされていない状況なのにも関わらず、「結婚」とか「戸籍」とかってルールでただ守られるっていうのはどうなんだろう。

さくらインターネット株式会社 フェロー 小笠原治

…って、こんなこと言うと怒られるかもしれないけど(笑)、ほんとうにそう感じていて。仕事で大切にしたいのは、「所属」とか「隷属」ではなくて、「参加」なんです。というようなことを考えて、tsumugでは、所属ではなく参加による組織づくりを目指してやってきているんですけど、結果、起業して2年でちゃんと主力商品である鍵デバイスを量産するところまでは来ています。

「所属」ではなく「参加」の意識をどう醸成するか

いいものを作るためには一人ひとりの参加意識が必要というのは分かりました。そこで一つお聞きしたいのは、さまざまなプロジェクトに同時に関わっている人たちを、一つにまとめ上げ、チームへの参加意識を醸成するのに何が必要なのかということです。正社員でないがゆえに、結局「他人事」になってしまうということは本当にないんですか?

正直、失敗はいっぱいあります。業務委託という形をとっているがゆえに「他人事」になってしまう人も中にはいる。こちらとしてはチームメンバーとして扱いたくても、その人自身が「他人事」だったら、やっぱりチームにはなれないとか、そういうことは実際に起きています。まだまだ僕らもやり方を作っている段階なので。

チームをつくる時に僕が大事だと思っているのは、「目的→目標→手段→リソース」という落とし込みのところです。「チームとしての目標はなんだっけ?」「その上で、あなたはこれをやりたい?」って、目的に立ち返るような対話。

「お金をもらえるからやる」というのも、目標のところではいいんですよ。ただ、「その目標のために、この目的に同意できますか?」っていう話はやっぱり詰めておかないと、チームにはならない。

例えば、「野球チーム」というのは、そもそもみんな、「野球をやりたい」ということで一致してる。目標のところでも「相手チームに勝ちたい」というのがチームの前提じゃないですか。でも仕事の場合って、先にお金の話がきたりってことが往々にして起こる。そうなると、いわゆる「業者」って言われる関係になってしまうので。

さくらインターネット株式会社 フェロー 小笠原治

tsumugでいうと、IoTを活用したセキュアな錠前とデジタルな鍵を作っているんですが、「物理的な鍵をこの世からなくしたい」っていう目的があるんですね。これにはストーリーがあって、代表の女性が元カレに合鍵をコピーされて、不法侵入されるという出来事があった。「こんな怖いもの無くしてやる!」というところから始まったんです。

そこに対して、例えば女性の立場から「私もそういう思いをしたことがある、一緒になくしたい!」なのか、例えば僕であれば、「世の中から物理的な鍵をなくす? それって4000年くらいの歴史変わるやん!」とか。要は、目的を握れるなら参加動機はそれぞれであっていい。

その上で、各チーム、各個人の「目標」設定ができ、その「手段」がこの集団として採れる方法であり、そこに必要な「リソース」としてみんなが「参加」する。そうやってつくりこむことができたら、チームはうまくいくと思っていて。だからやっぱり「目的」なんですよね、僕の中では。

「この営業チームで1億円売りあげよう」とかって目標だけで握ろうとするからうまくいかなくなる。「なんのためにその1億の売上を上げたいのか」というところが置き去りになると、あまりいいチームはできないんじゃないかなという気がします。

「従業員ゼロ」の未来はやってくるか

「従業員ゼロ」というある意味刺激的な言葉を使われていますが、実際には「ゼロ」ということではなくて、人それぞれ、いろんな働き方を選べるようにすることで、一人ひとりの「参加」意識を醸成することに本分があるわけですよね? 完全に「人を雇わない」ということではなくて。

いや、さくらみたいな大きな会社だったら確かにそうなんですけど、スタートアップの一時期においては、まったく人を雇わないってのは有効な方法だと思ってます。

だって、tsumugも今のところ資金調達はうまくいっているほうですけど、そのほとんどはやっぱり量産に消えていくんで。ちゃんと払える中での契約しておかないと、最後本当にダメになった時のメンバー同士の関係値までおかしくなりますよね? 失敗がただの失敗で終わらなくなる。

というのを避けるためにも、立ち上げ時期には、ちゃんとコミットする意思だったり、それに耐えうる能力だったりが、なにかしらのサジェスチョンがあって実現できれば、従業員ゼロはあり得ると思う。

でも、それが30人くらいにまで増えてくると、バックオフィスだったりとか、ずっとメンテナンスしていく人とか、お客さまをサポートする役割の人とか、そういう人が必要になってくる。そういう仕事に就く人は会社に所属してもらったほうが、安心して、安定して働いてもらえる可能性があるので、徐々に従業員の数は増えていったほうがいいのかもしれない。

ほんとうは、できれば「3割」くらいの人が、こういう働き方になればいいなと思っているんですけど。

「3割」の理由は?

僕は将来、働けるっていうのは「特権」になると思っていて。

さくらインターネット株式会社 フェロー 小笠原治

現状、就職うんぬんっていうのは、暮らしていくために「働かなければならない」っていう部分と、「働きたい」という欲求の二つがあって。大半はやっぱり前者ですよね。だけどこの前者に関しては、将来的には、例えばベーシックインカムなどの導入で働かなくても暮らしていける人が大半になるだろうと思っています。

でも、そうなっても、なお働きたい人が絶対にいるはずなので、これが大体3割くらいかなあというのが、僕の肌感なんです。

小笠原さんがやっている実験は、未来に向けてそういう人を見つけるための実験でもある?

そうですね。そのための一つの試金石として、4時間労働制だったり、業務委託+権限委任だったりというのがあります。それを実際にやっていくというのが、今の僕の楽しみなんですよ。

さくらインターネット株式会社 フェロー 小笠原治
PROFILE
さくらインターネット株式会社 フェロー 小笠原治
小笠原治
さくらインターネット株式会社 フェロー

1971年京都生まれ。さくらインターネット株式会社の共同ファウンダーを経て、モバイルコンテンツやネット決済などの事業会社の代表を歴任。2010年にオーナーを務めるawabarをオープン。2011年、株式会社nomadを設立。投資やシェアスペースの運営など、スタートアップ支援事業を軸に活動する。2013年より株式会社ABBALab代表取締役。同年、DMM.makeプロデューサーとして事業立ち上げなどを行う。2015年8月からエヴェンジェリスト。同年、さくらインターネットにフェローとして復帰および株式会社tsumug取締役。2017年から京都造形芸術大学教授。同年、メルカリR4Dシニアフェロー。

[取材・文] 鈴木陸夫 [撮影] 伊藤圭

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