「給料が上がらない」と嘆く人が考えるべきキャリアの描き方とは? 人事のプロ、安田雅彦さんに聞く

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世界的な経済成長の鈍化、国内においてはDX(デジタル・トランスフォーメーション)の遅れなどを背景に、日本の賃金が上昇しないことがあらためて話題に上ることが増えています。この状況を甘んじて受け入れ、国全体として貧しくなるシナリオしかないというあきらめのムードさえ漂っているように感じます。

そうした中、いち会社員として自らの給料を上げるうえでは、キャリアの描き方を再考する必要があると説くのが、株式会社 We Are The People代表の安田雅彦さんです。日本企業とグローバル企業の両方で人事のプロフェッショナルとして活躍してきた安田さんに打開策を聞きました。

キャリアを考えるスタートは「職務経歴書を書く」ことから

日本の低い賃金が問題になっています。日本の、特にミドル世代のビジネスパーソンが置かれている現状について、どうお考えですか?

株式会社We Are The People 代表取締役 安田雅彦さん

日本企業の多くは、まだ年功序列の考えが根深く残っています。年齢や年次によって給料が決まるんです。年功序列にはこれまで、一定の合理性がありました。なぜなら、経済は安定して成長していたし、経験や見識などが仕事の成果を左右していたからです。

しかし、デジタル時代の到来によって状況は一変しました。Eコマースの業務フローを作るにしても、明らかにイマドキ社員のほうが早くて確実。デジタルネイティブ世代のほうが成果を出せるようになってくると、企業もその世代の優秀な人を採用しようとします。

ミドル世代のビジネスパーソンにとっては、苦しい時代になったと言えるでしょう。気づけば若い世代のほうが活躍しやすい時代になっている。今、ミドル世代のビジネスパーソンには、「どう給料を上げればいいのか」と同時に、「どうキャリアを描き直せばいいのか」が問われています。

そもそも、キャリアの描き方を変えなければならない、と。

おっしゃる通りです。目先の給料のことだけを考えるなら、「こんなビジネススキルをつけよう」とか「こんな業界に転職しよう」といったアドバイスをすることになります。しかし、今後どういうキャリアを歩みたいのか、つまり「在りたい自分の姿」を明確にすることのほうが大切です。

いきなりキャリアを考えろと言われても難しいと思います。そこで僕がお勧めしているのは「職務経歴書を書いてみる」ことです。転職経験のない人に質問すると、8割以上の人が「職務経歴書を書いたことがない」と答えます。しかし、これまでを振り返って、今後に活かせる能力や経歴を見つけることは、キャリアを考えるのに必要不可欠なんです。

さらに言えば、もっと深くにある価値観や思考特性まで振り返ってほしい。むしろそっちのほうが大切です。自分が活躍しやすいパターンや自分が幸せを感じるパターンに気づけると、今後のキャリアの軸を作りやすくなります。

ここで言う「キャリア」とは、一部の強者のための話ではありません。キャリア論の権威の一人である法政大学の田中研之輔教授は「キャリアとは、心理的成功を味わうこと」と言います。僕はこの考え方にとても共感しています。誰でも、何歳でも、いつからでも、自分らしいキャリアは追求できるんです。

株式会社We Are The People 代表取締役 安田雅彦さん

転職して分かった日本企業とグローバル企業の違い

安田さんご自身、起業されるまでに何度か転職をされました。その時の軸はなんだったんですか?

僕が人事のプロフェッショナルとして生きようと思った背景には、新卒で入社した西友での経験があります。入社当初は、とにかく目の前の仕事に取り組み、職位の階段を登ろうとしていました。早く成果を出して目立とうとしていると人事部に目をつけられ、25歳の時に人事の世界に飛び込んだんです。その時は、人事の仕事をやりたいとは思っていませんでした。

転機は32歳の時、西友の子会社の人事責任者を拝命したことです。160名の社員を抱えるアウトドア衣料の会社でしたが、当時沸き起こった価格競争に敗れ、2年後に清算することになりました。僕は人事として、社員全員のリストラに関わったんです。後に、親会社の西友が社員を引き受けましたが、一時は路頭に迷う社員もいました。彼らに向き合い続ける毎日は、本当に辛いものでした。

その大変な体験を通じて、会社が絶対的な存在ではないことを悟ったんです。会社に依存せず「自分の人生を自分で握る」こと。自分の経験が活かせる職につくこと。この2点から人事のプロフェッショナルになろうと決意したんです。

安田さんは1回目の転職先はGUCCI、その後ジョンソン・エンド・ジョンソン、アストラゼネカ、LUSHと、名だたるグローバル企業で働かれてきました。給与の決まり方や上がり方の面で、日本企業との違いはありましたか?

グローバル企業では「仕事の内容によって給料が決まる」ことに驚きました。「人事マネジャーならだいたいこの金額レベル」と決まっているんです。マーケットバリュー、要するに、その職種の希少性によって金額が変動します。さらに驚いたのは、給与決定の「柔軟性の高さ」です。

西友からGUCCIに転職して最初に提示された給与は、もともと貰っていた額の1.2倍でした。しかし3カ月働いた段階で、1.4倍に。平均的な人事マネジャーの給料に追いつきました。聞くところによると、最初の3カ月はお試し期間だったようです。「数カ月で100万単位の給料UP」というフレキシブルさは、日本の人事ではありえません。でも、それがグローバルでは当たり前です。

なぜ、そんなに柔軟にできるんでしょうか?

グローバル企業の給与レンジは、日本に比べてざっくり決まっているんです。例えば、「マネジャー職なら500〜700万円」のように。日本の場合はその間に2〜3の等級があり、変動幅が小さくなっています。

また、グローバル市場における人材の流動性は高く、マーケットと照らし合わせて給料を変動しないと採用競争に負けてしまう、という背景もあります。社員に支払っている給料がマーケットバリューよりも低い場合、転職されてしまうリスクがあるんです。もちろん、この流れは日本にも来ています。一部のスタートアップをはじめとする先進的な企業は、そうした考え方で給料を決めようと動き始めています。

日本でも「マーケットバリュー」を把握することの重要性が高まってきそうです。

そうですね。マーケットバリューを知るためには、先ほどお話しした「職務経歴書を書く」とともに、転職活動をしてみるのがお勧めです。転職をする気がないとしても、職務経歴書を書いて、気になる企業の面接を受けてみる。条件のいいところがあれば、実際に転職してもいいし、しなくても自分のマーケットバリューを把握できる。誰でも無料で簡単にできる調査方法です。

転職、給料交渉、副業…… 収入を増やすための手段はどう考えるべきか

給料を上げたければ、成長産業に転職するのも一つの手段だと思います。

おっしゃる通り、成長している業界に転職すると、給料も将来性も変わります。僕自身、GUCCIから製薬業界のジョンソン・エンド・ジョンソンに転職した際、給料は上がりました。

ただ、「いたずらに給料をあげない」ことも大切です。自分の価値以上の給料を受け取ってしまうと、次の転職が難しくなってしまいます。また、もっと実用的なことを言えば、社内での期待値コントロールが難しくなるんです。

どういうことでしょうか?

僕ら人事はパフォーマンスレビューをする際に、必ずその人の給料を確認しています。給料の額は期待値でもあるので、それに見合わない場合は「さよなら」されてしまう可能性が高まるんです。ですから僕は、外資で働いていたころから「自分が給料に見合う仕事をしているのか」を常に気にしてきました。

当たり前のことですが、給料が上がるということは求められる成果や責任も大きくなるということです。その考え方は、細かな制度の違いはあれど、日本もグローバルも変わりません。

給料を上げすぎることにもリスクがあるんですね。他にも思いつく給料の上げ方に「給料交渉」があります。実際にそうした交渉はあるものなんでしょうか。

僕の経験から言うと、給料交渉はかなりのレアケースです。そもそも給料とは、会社が社員の仕事を正当に評価して決めるもの。それが交渉によって変わってしまうのなら、ガバナンスが効いていない証拠です。

ただ一点、次年度以降の給料をアップする交渉はありえます。期初に「今より大きな仕事の責任を引き受けるから、給料を上げてください」と交渉することは可能です。とはいえ、僕はしたこともされたこともないので、かなり稀な例なんじゃないでしょうか。

なるほど。では、会社の給料ではなく「トータルインカムを上げる」という意味で副業はどうでしょうか?

副業をするなら、経験や専門性とのシナジーがあるものをお勧めします。僕がやってきた副業は人事のテーマでメディアに出演するとか、講演会をするとか、本業の経験が活きるものばかりでした。

逆に、副業の経験が本業に活きることもあります。僕の場合、サラリーマンの時には分からなかったマーケット状況を知ることができ、いち会社員では会えないような人にも会えたことが起業につながりました。また、安定した環境に身を置きながら、講座の講師や企業のコンサルティング、コラムの執筆など、いろんな挑戦ができたのもありがたかったです。「中小企業の社外人事部長」という役割が、自分に向いていること、そして、マーケットのニーズとしてもあるのが確認できたんです。

そうした経験から言うと、副業はトータルインカムを上げるためのものではなく、「将来のキャリアを切り開くためのもの」と考えるのが良いのではないでしょうか。

株式会社We Are The People 代表取締役 安田雅彦さん

自分の人生を、自分で握ろう

安田さんのお話を通して、給料を上げさえすれば幸せになれるわけではないと感じました。だからこそ「在りたい姿」を考えることが大事ですね。最後に、ミドル世代のビジネスパーソンが幸せなキャリアを掴み取るために、大事な考え方を教えていただけますか?

繰り返しになりますが、「自分の人生を自分で握る」ということです。「会社=人生」となってはいけません。例えば定年に関してもそうです。65歳まで働けば、貯蓄と退職金を貰って余生をゆったり過ごせるという理想は、もう叶わない可能性のほうが高い。そのことにちゃんと向き合い、キャリアを考え直すことが大切です。

LUSHでは、僕が人事責任者だった時に定年制を廃止しました。64歳11カ月29日23時間59分59秒まで働いていた人が、その1秒後に仕事ができなくなるというのはおかしいと思ったんです。また、年齢で差別するのもナンセンスだと思いました。社員にも喜んでもらえると考えていましたが、定年を廃止することを聞いて63歳のある社員さんは困った様子を見せたんです。「まだ働かなきゃいけないことをパートナーにどう説明していいか分からない」と話してくれました。

こうしたケースは今後、増えてくるでしょう。定年以降のことは後で考えよう、と一生懸命働いてきた人ほど仕事がなくなったら繋がりや生き甲斐も失ってしまう場合もあります。そうならないために、僕たちは仕事や会社のことだけではなく、人生のキャリアについて考えないといけないんです。

一歩目として職務経歴書を書くことから始めてみてください。仕事を得るためだけではなく、人生を豊かにしていくために。自分自身の幸せや価値観を知ることで、本当に望む生き方ができる人が増えることを願っています。

株式会社We Are The People 代表取締役 安田雅彦さん

株式会社We Are The People 代表取締役 安田雅彦
1967年生。1989年に南山大学卒業後、西友にて人事採用・教育訓練を担当、子会社出向の後に同社を退社し、2001年よりグッチグループジャパン(現ケリングジャパン)にて人事企画・能力開発・事業部担当人事など人事部門全般を経験。2008年からはジョンソン・エンド・ジョンソンにてSenior HR Business Partnerを務め、組織人事や人事制度改訂・導入、Talent Managementのフレーム運用、M&Aなどをリードした。2013年にアストラゼネカへ転じた後に、20155月よりラッシュジャパンにてHead of People(人事統括 責任者・人事部長)を務める。20217月末日をもって同社を退社し、自ら起業した株式会社We Are The Peopleでの事業に専念

[取材・文] 佐藤紹史 [編集] 岡徳之 [撮影] 伊藤圭

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