スペシャリストが経営者として活かせる強みとは? 弁護士から社長へ、スリーエム ジャパンの宮崎裕子社長に聞く

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世界中に約9万人の社員を擁するサイエンスカンパニー「3M(スリーエム)」。一般消費者には文具の「ポスト・イット ノート」がよく知られていますが、実は、医療や宇宙開発など、幅広い分野で約5万5,000種以上の製品を扱う多角的な企業です。

その日本法人「スリーエム  ジャパン」のトップに2021年に就任したのが、宮崎裕子社長です。

長年、弁護士や法務のプロフェッショナルとしてキャリアを歩み、スリーエム ジャパンには入社わずか4年目で、それまで現場経験がなかったにもかかわらず社長となり、現在は経営者として活躍されています。

ある道のスペシャリストが社長になった場合に活かせる強み、また経営者を目指す上で大切なことや取るべき行動とは?――宮崎社長にお話を伺います。

法務から社長へ、固定観念を覆す

弁護士や法務のスペシャリストとしてご活躍されてきた宮崎さんが、社長に抜擢された背景は?

※撮影時のみマスクを外しています

最近は特に変化が激しい世の中で、正解がない時代だと思うんですね。だから、過去の経験が今に当てはまるのかは分からない。

スリーエムには、今まで成功してきたことだけでなく、常に新しいことを探索するという社風があるので、新社長の選任も「新しい風を入れる」というのがあったのだろうと思います。

その中で、私が長年法務のプロとしてやってきて、スリーエムのいろんな部署を多角的に見ることができるというスキルを評価いただき、社長に選任いただいたのかもしれません。

法務時代、部門のトップとして特に注力されたことを教えていただけますか?

スリーエムの法務部門は、そのときどきの組織や状況に応じて、ビジネスのナビゲーターとして「守り」と「攻め」の双方の機能をバランスよく果たす、強い法務でした。

入社して部門を率いることになり、部員一人ひとりから話を聞き、ビジネスと製品に深い理解を持ち、当事者意識をもって案件にあたっていることが分かりました。この組織をさらに成長させるために、私が特に注力したことは、強みの反面にある改善点を補強することでした。

改善したいと思った点は、社内、および、アジア、グローバルの法務部門内に日本の法務部が行ったことの価値の発信でした。

既存の法務のメンバーにとっては、ビジネスのパートナーとしてサポートしたことは当然の仕事であり、わざわざ成果を発信する必要性を感じていなかったのだと思います。ただ、社内において価値が見えないと投資をしてもらえなくなるリスクがあります。また、発信することで他に活かしてもらったり、提案をもらい、さらなる改善のきっかけになったりすることがあります。

そこで、成果を成功事例として発信したり、適宜、まとめてキーとなる人に伝えたりして、価値を組織内に認識してもらうようにしていました。

最初に社長就任のお話が来たときには、どのように感じましたか?

「社長候補になってみないか」と言われたとき、私は事業部経験もないし、ちょっと社長というタイプとは違うんじゃないかなって、まず思ったんですよね。いわゆる「社長」というタイプを自分の中で勝手に思い描いていて、そこに私は当てはまらないという発想を持ってしまったんです。

でも、私を推薦してくれた人に、「誰がそう決めたの? スリーエムの社長は事業経験を持つ、社歴が長い人……だなんて決めつけていないよ」と言われて。それで、自分が固定観念にとらわれていたことに気づいたんですね。

自分の可能性を人から言われたときに、それを素直に受け止めて、自分のスキルを違った方法で活かせるんじゃないかと考える力って、やっぱり大事だなと思いました。

そういう自由な発想のある会社は、今の時代に合っていますね。

はい。また、この発想は2つの意味で非常にスリーエムらしいんですよね。

まず、スリーエムは1つの技術をいろんな用途で使います。例えば、不織布をマスクに使ったり、車の中の吸音材にも使ったり。それは社員に対しても同様の姿勢で、スキルを見て、それをいろんな用途で活かしていく風土があります。私を弁護士や法務の人間だとは捉えずに、スキルを活かす方向で考えてくれたということです。

もう1つ、スリーエムはさまざまな技術の組み合わせで製品を開発しています。例えば、不織布、研磨剤、粘着剤の技術を組み合わせて、台所用のスポンジ「スコッチ・ブライト」を作っています。

技術だけではなく、人のスキルも複数を組み合わせて活かしていく会社で、それぞれの分野の第一人者と私とを組み合わることで、組織をけん引していこうということですね。私一人でやれ、ということではなく、いろんな人に助けていただき、協働し、また、他の方の力を引き出しながらリーダーシップを発揮することを期待されていると、私は思っています。

社長に就任されてから、特に注力されていることは?

一言で言えば、世の中の変化が激しい中で、スリーエムの強みをどう時代の波に飲まれずに主体的に活かしていけるか、そこの後押しを考えています。

例えば、スリーエムの強みの1つは、部門の垣根を超えた横のつながりだと思うんですね。それがイノベーションにつながっていく。

今、リモートワークでちょっとした雑談の機会がなくなっていますが、その強みを活かすために、雑談の機会を意識的にマネジメントが仕掛けていく……というようなことも一例としてやっています。

スペシャリストのスキルを経営にシフト

法務のトップから会社のトップになることで、ご自身の中で変わったことは?

より高い視座に立つということ、それから短期的なものではなく、今後の10年、20年を見据えて判断をするようになったことですね。「10年後の人が今見たら、A、B、Cのうちどれを選択するだろうか」という視点を持つようになったと気づかされました。

それから、これまでよりもっと社内外のネットワークが必要だと感じるようになりました。いろんな判断をするにあたって、自社だけを見ていると判断を誤ることがあります。「他社はどうしているのだろうか」とか、「世の中の価値というのはどういうところにあるのだろうか」ということを、より考えるようになりました。

法務のスペシャリストとしてのスキルは、社長としてどのように活かされていますか?

共通するスキルは、3つぐらいあって、まずは物事を多角的に、かつ第三者的に見る力があるという点。

法の世界って、原告や被告や検察官や弁護士がいて、みんなが全然違う景色を見ているわけですけど、そういう違う景色を頭に思い描きながら話すんですよね。人って自分が見ている景色をみんなが見ていると思いたい、というのがあるんですが、私は誰かの話を聞くときに、相手の見方でその景色を見ることができるのかもしれません。

そして、みんなが違う景色を見ていると認識したうえで、ある目的、1つの価値観に向かって、論理立てて引っ張っていく力。さらに、いろんな課題の中で、優先順位をつけていく力これらは法務としての力でしたが、社長としても使える能力でした。

なるほど。法務としてのスキルでありながら、他にもシフトして活かせる能力ですね。

そうですね。弊社では「グロースマインドセット(Growth Mindset)」と呼んで、その研修なども意識的にやっているんですが、自分の特徴を認識したり、自分の可能性を見いだしたり、ということを私自身も学んでいます。

グロースマインドを持っていないと、結構人間って自分の過去の功績とか、経験したことにとらわれるんですよね。特に努力した人間ほどその努力が実って成功しているわけなので、その成功体験にすごく頼ってしまう。で、「自分はこれでいいんだ」と過去に固執して新たな可能性を視野に入れなくなる「コンピテンシー・トラップ」に陥ってしまうと思うのです。

これは法務だけではなくて、ファイナンスとかコミュニケーションとか……みなさん、それぞれのスペシャリストだと思うんですが、自分の成果や成功にとらわれないことが重要です。そして、専門家として貼られたレッテルじゃなく、その奥にある本当のスキルが何か、そのスキルをより広く活かせるんじゃないかということを深堀りすることをオススメします

「第一人者でありたい」を捨てる

しかし、スペシャリストとして成功すると、どうしてもそこに固執してしまいそうですが……。

もちろん、強みを活かしていくことは楽しいことですし、ある領域をまかされて、そこで知識や経験をたくさん積んで、その分野の「第一人者」と呼ばれることは、大きな喜びでもあると思うんですよ。

だけど、その喜びだけを突き詰めていくと、どこかで限界が来るのかな、と思っているんですよね。私も実際、そう思うときがありました。

スリーエムは3社目で、社長就任前は法務のトップでしたが、ものすごくビジネスの領域が広いので、自分がスリーエムの法務課題をすべて分かって、すべてに首を突っ込むのはとても無理だな、と思ったんですね。「すべての第一人者」という限界をそこで感じ、人にまかせることを覚えました。

もう「第一人者」でなくてもいいと。

そうですね。第一人者の喜びをある意味捨てないといけないな、と。若いときは「自分が、自分が」となってしまいますが……だからこそスペシャリストになれたと思うんですけどね。そこを脱して、いろんなことを少しずつ捨てていく。

自分はそこに喜びを感じるのではなくて、自分以外の誰かが第一人者と呼ばれるようにすることに喜びを感じることにシフトしていきました。

そこが、スペシャリストからマネジメントへシフトする際に必要なマインドセットかな、と思います。

「第一人者」としてやり切った場合はそういったシフトもできそうです。しかし、スペシャリストとしてまだ発展途上だったり、マネジメントにシフトしていくべきか、迷っている人はどうすればいいでしょうか?

両方を目指していくといいと思うんです。なぜなら、キャリアって目指しても、そのときのタイミングや組織の状態などで、そんなにすぐハマるわけでもないと思うんですよね。

なので、「私はスペシャリストとしてやるのだ」とかとらわれずに、自分の時間の15%ぐらいは組織全体を見たり、新しいことを探索したりして、「両利き」でやっていくといいかな、と思っています。

つまり、自分の専門をとにかく深堀りしてやっていくのが85%としたら、15%は失敗してもいいから新しいことを実験的にやってみる。それが相互に相乗効果を生んだりもするので。

それは経営でも同じで、自社の持つ一定分野の知を深堀りして磨き込んでいくと同時に、既存の範囲を超えて、遠くに認知を広げていく。この「両利きの経営」ができる企業ほど、イノベーションが起きて、パフォーマンスが高まる傾向があると言われています。

「新しい自分」の見つけ方

新たな挑戦の前に、まず自分の強みに気づくにはどうすればいいのでしょうか?

やっぱり、人から言われて自分の強みに気づくという瞬間がすごくあると思うんです。上司や同僚や知り合いなど、いろんな人と話してみて、自分のいいところや特徴を対話の中で見つけていくのが大事だな、と。

私の場合も、部下との対話の中で「第三者的に一歩引いて、問題の解決方法を考えることができる」という自分の強みを認識させてもらいました。私は他社での経験もあるので、その人は私の経験を聞いたうえで答えを出したい、と言ってくれたんですよ。

よりよい解決に向けて虚心に他者の意見を聞いてくる姿勢に非常に感動すると同時に、私の客観性という強みも認識させてもらい、ありがたい経験でした。

他者の目を通して自己認識すると、自分では気づかなかった面が見えてくるんですね。

他者との交流が苦手な方は、書籍を通じての自分の対話でもいいと思うんですよね。あとは失敗体験から学ぶとか。そして、探索の時間をとるためには、本業を効率化してそのための時間を捻出しないといけない。

「働き方改革」では時短を……と言われていますが、ただ単に業務を効率化するのが目的じゃなくて、自分を探索する時間を取るための効率化というのも目的の1つだと思うんですよね。

そして、自己のある特徴を認識した際には、その特徴をポジティブにとらえ直すことも大事です。

例えば、私は社歴が5年なので、「社歴が浅い」と言うと、ネガティブにも取られると思うんですけど、「短いから過去のしがらみにとらわれずに、客観的な判断ができる」とも捉えられるわけじゃないですか。

この特徴の捉え方を変えるということは、「ポスト・イット ノート」と同じなんですよ。スリーエムは非常に強力な剥がれない接着剤を作っていたけれど失敗し、「剥がれるけどもう一回付く」という特徴を再評価した。「剥がれてしまう」とだけ評価していたら、生まれなかったでしょうね。

自分の特徴を「強み」ととらえて、それを新たな分野で活かしていくと。

「新たな分野」は転職とは限らなくて、なんでもいいと思うんですよね。幅広くやっている会社じゃなくても、視野を広く持って主体的に考えてみれば、新たな分野は見つかるはず。

「視野が広い人は幸せだ」ということを聞いたことがあるんですけど、視野を広く持つためには一旦視点を変えなきゃいけないんですよね。いろんな立場の人の視点に立ってみる。そうやって、最後に視座を高めるというのが、成熟への道ではないでしょうか。

深化だけを追求していくと、変化に対応できなくなる可能性もあるし、一人だけだと、深化していくにも限界があるんです。それは経営にも通じるところ。私も、スリーエムのパーパスに向けて、視野を広く持ち、仲間とつながってやっていきたいと思います。

スリーエム ジャパン代表取締役社長 宮崎裕子
1969年、埼玉県生まれ。慶応義塾大学法学部卒。ワシントン大学法科大学院、知的財産法・政策学コース修了。1996年、最高裁判所司法研修所修了(48期)、弁護士登録、尚和法律事務所(現・ジョーンズ・デイ法律事務所)入所。2001年、あさひ・狛法律事務所(現・西村あさひ法律事務所)入所。2004年、Davis Wright Tremaine LLP(シアトル)入所。2005年、ニューヨーク州弁護士登録。2006年、あさひ・狛法律事務所へ復帰。2007年、デル株式会社、2013年、日本アルコン株式会社を経て、2017年スリーエム ジャパン株式会社に入社。ジェネラルカウンセル 執行役員 法務および知的財産担当を勤めた後、2021年6月から現職

 

[取材] 岡徳之 [構成] 山本直子 [撮影] 伊藤圭

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