人生100年時代を生き抜く処方箋「プロティアン・キャリア」とは? 自分の人生を「キャリア資本」で考えよう

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終身雇用制度が崩れつつあり、副業やリモートワークなど新しい働き方が台頭する現在、「プロティアン・キャリア」というキャリア論が注目されています。

これまでは、組織の中での昇格や昇給がキャリア形成の目的となってきましたが、プロティアン・キャリアはそうした従来の考え方とは一線を画し、「個人の幸せ」を軸に変幻自在のキャリアを形成することを提唱しています。

プロティアン・キャリアとはなにか? どうすれば幸福に働けるのか? 法政大学教授で、一般社団法人プロティアン・キャリア協会代表理事の田中研之輔さんにお話を伺いました。

働くことは「キャリア資本の蓄積」である

「プロティアン・キャリア」の定義は?

「プロティアン・キャリア」とは、「人生100年時代を生き抜く処方箋である」と考えています。

1970年代にアメリカの心理学者、ダグラス・ホール教授によって提唱されたキャリア論で、日本には僕が紹介しました。「プロティアン」というのは、変幻自在に姿を変える神、プロテウスからきています。

昔のキャリア論では、「キャリア」というのは「過去にやってきた仕事のこと」と捉えがちだったんですが、プロティアンでは、キャリアを「未来に向けて作っていくもの」と考えるんです。

自分の専門性にしても、昔は例えば管理職だとか営業マンだとか、1つに絞っていましたが、世の中がこれだけ激しく変化する中で、自分のキャリアを1つの役割に閉じ込めると結構厳しくなる。

だから、「新しい自分を見つけにいく」「いろんなチャレンジが許される」、プロティアン・キャリアはそんな生き方や働き方を応援する考え方なんです。

伝統的キャリアとプロティアン・キャリアの比較(出典:ダグラス・ホール氏の著書『Careers In and Out of Organizations』より、田中研之輔さんが翻訳・部分修正)
伝統的キャリアとプロティアン・キャリアの比較(出典:ダグラス・ホール氏の著書『Careers In and Out of Organizations』より、田中研之輔さんが翻訳・部分修正)

「未来に向けて」キャリアを作っていくうえで、大切なことはなんでしょうか?

まず、みなさんに伝えたいのは、これからのキャリアは「蓄積」、つまり「キャリア資本」で考えようということです。

これまでのキャリアはみんな「選択」で考えてきました。例えば、A社に就職する、B社へ転職する、自分の専門性を1つに絞るとか。なにか1つのことを達成すること=キャリアの成功という考えが、日本人の間で染み渡っているんです。

そのように、人生を「OR思考」で選ぶんじゃなくて、「AND思考」で全部積み重ねよう、と。失敗も含めて、すべての経験が自分にとっての「資本」になる、ということです。

みんな働くこと=お金を稼ぐことだと思いがち。ですが、本来働くことは「資本を貯めること」なんです。そして、その資本は3つに分けることができます。

「3つの資本」とは?

「ビジネス資本」「社会関係資本」「経済資本」の3つです。

ビジネス資本は、仕事で培われるスキル。社会関係資本は、仕事やコミュニティを通じて形成される関係性やネットワーク。そして、経済資本はお金や不動産、車などです。

本来は、ビジネス資本と社会関係資本が貯まって、それが市場の中で価値があると、経済資本(お金)に転換される。しかし、これが「働く=お金」という考え方だと、最初からいきなり経済資本に転換させようとするから、おかしな話になる。

そうではなく、「働くことはキャリア資本を形成していくこと」というのをちゃんと理解すると、自分はこれからなにをやっていけばいいか、悩まず、考えられるようになると思います。

多くの人は、「年収アップ」のような経済資本ばかりを追い求めがちですね。

若いうちはそれでもいいのかもしれません。が、金銭的な余裕が出てくるうちに、課題感は振り込まれるお金に対してよりも、目の前の業務にどう向き合うかになってきます。

「新しいチャレンジをしているか」「やりがいを感じられているか」という問いかけは、若手よりもミドル、シニアのほうが重要だと思いますね。

プロティアン・キャリア診断。該当すればするほど、プロティアン・キャリアを実現できているという目安(田中研之輔さん作成)
プロティアン・キャリア診断。該当すればするほど、プロティアン・キャリアを実現できているという目安(田中研之輔さん作成)

出発点は「明日人生が終わるなら、なにを残したいか?

そのように未来に向けてキャリア資本を蓄積していくとして、プロティアン・キャリアでは、自分の未来をどのように思い描くのでしょうか?

僕はそれを「セルフパーパス(存在意義)」と呼んでいるんですが、自分がどうありたいか、どんなふうになりたいか、未来における自分の姿を思い描くんです。

もし、思い浮かばないなら、「明日この世を去るとしたら、なにを残したいか?」を言語化するといい。それは結構パーパスに近いんです。

僕の場合は30歳のとき、「書籍を通じて考えやキャリア知見、社会洞察を伝える」というのをセルフパーパスに掲げました。だから、どんな仕事をしていても毎年1~2冊は本を出すと決めています。

会社など組織での仕事の中から、セルフパーパスを見いだすのは難しそうですね。

組織の中にいると、そういうことを考えるのすら馬鹿らしいとか、時間の無駄だってなってしまいがちなのは確かです。

だけど、時間軸を伸ばして見ると、みなさんが組織から出る時というのは必ず訪れる。つまり、退職する時が来る。そして、そこから先の人生はまだ20年もあるわけです。

その先は、組織の中でのキャリアではなく、「自分個人の」キャリアを作っていくことになる。残された20年をより良くするために、40歳の自分はなにをしなければいけないのか。自分でなにを、どう残していきたいかを考えて、準備しておくのは大事ですね。

出典:田中研之輔さんが作成し、NewsPicks「今、再評価される『プロティアン・キャリア』とは」に掲載された図を再編集
出典:田中研之輔さんが作成し、NewsPicks「今、再評価される『プロティアン・キャリア』とは」に掲載された図を再編集

ですから、まずは「未来」に振り切って、自分がどうありたいかを言語化し、それを実現していくために「今」に戻ってみる。そして、この今が出来上がった過程を振り返って、自分の「過去」を受容する。

みんな未来のことはさておき、学歴とか、過去を気にしがちだけれど、そんなのは誤差ですから関係ない。

それに、これまで会社に預けていたキャリアのオーナーシップを自分自身が持つようになると、人はまず自分の過去が気にならなくなる。そして、どんどん未来に向かって活動するようになるんです。

こうやって、セルフパーパスの実現を軸に考えるキャリアでは、失敗も成功もない。仕事の報酬は、その経験を通じて貯まっていく「キャリア資本」と「心理的成功」なんです。

プロティアン・キャリアは個人の幸せにつながる

そのようにセルフパーパスにシフトしてキャリア形成を行っていくことは、個人の幸せにもつながりそうですね。

それは僕がまさに伝えたいことです。プロティアン・キャリアは個人の幸福感を高めます。なぜかというと、やらされているのではなく、自分で考えながら主体的にキャリアを形成しているからです。

自分で新規事業を提案したり、業務改善をしたり……なんでもいいんです。仕事への向き合い方が主体的になると、仕事に対する没入度が高まるから、幸福度が高くなるんですよ。しかも、そういう人たちは組織へのエンゲージメントも高まるという調査結果も出ています。

仕事に没入することが幸福感を高める、と。

はい。今のスキルと次なるチャレンジのバランスがうまくハマると、人は時を忘れるほど没入状態に入って、幸福を感じる。心理学者のミハイ・チクセントミハイ氏が言っている「フロー状態」ですね。そんなフロー状態に入れる仕事を自分で作ることが、キャリア資本の蓄積には大事なんです。

ふと、ビジネスシーンを見てみると、ずっと同じ業務をやっているか、全然違うところに行ってまたゼロからやるか……組織内のキャリア形成というのは、心理的成功を感じにくい仕組みになりかねない。だから、自分で仕事に意味づけしていくことが重要だと思います。

例えば、僕がよくやっているのは、3日かけて書いていた原稿を2日で書こう、1日で書こう、3時間で書こう……と、時間的負荷を上げることによって没入度を高めること。そのように没入して得られた達成感は、幸福感を高める。キャリアとは、目の前の仕事、例えば1日6時間の没入の連続と言ってもいいくらいです。

なるほど。毎日の仕事も「セルフパーパス(存在意義)」を意識すれば向き合い方が変わっていく、と。

そうです。パーパスとは、なにもフワッとした哲学、遠い話ではなくて、実は「近く」なんです。パーパスは毎日をより良くするためにある。

そして、もし毎日がつまらなくて、ずっと我慢している時間があるんだったら、その状況を自分で変えていく。自分で状況を変えられないなら、場所を変えるなり、なんらかのアクションを起こさないといけません。

そのためには、「こんなふうになったらいいな」「こんなことを手に入れたいな」というのを言語化して、パソコンやスマホに打ち込んでいくこと。それだけでも、ものすごく思考は整理されます。

プロティアン・キャリアの始め方〜自分の人生の経営者になろう

プロティアン・キャリアを始める、最初の手がかりを教えてください。

具体的には、自分の持っている「ビジネス資本」「社会関係資本」「経済資本」を書き出し、可視化することから始めます。そして、自分はこれからなにをどう貯めていきたいかと考える。いつまでにどんなスキルを得たいか、これから先はどんな領域で活躍したいか。

例えば、ビジネス資本を考えたとき、パーパスに沿って英語力を高めたいと思ったら、そこは他者との優位性も考えながら、英検準1級以上を準備しておきたいとか。社会関係資本を増やすために異業種交換会など、新しいネットワークに飛び込んでみるとか。

そうして蓄積したビジネス資本と社会関係資本が「経済資本」、つまりお金に転換されていく。

そうです。企業で仕事をしながら、社会人セミナーや社会人大学院に通って、ビジネス資本や社会関係資本を充実させた結果、転職の機会を得たり、本業と副業とのユニークな組み合わせで、キャリアに新しい価値を生み出したり。今は趣味をビジネス資本にして、新たな収入源にすることもできます。

これから人材の流動化が進んでいくと、労働市場では「この人はどんな仕事をして、なにを学んできたのか」といった経験や学びがビジネスパーソンの価値基準になっていくでしょう。それを見定めて、企業は必要な人材に仕事のオファーを出すのです。

大事なことは、組織にキャリアを預けるのではなく、自分でキャリアをデザインして独自の価値をつくっていくこと。経営者が経営計画や事業計画を立てるのと同じように、自分でキャリア計画を考えるんです。

組織内のキャリア形成に慣れてしまうと、自分でキャリア計画を立てるのは難しいですね。

僕が常に言っているのは、「2週間に1回、10分でいいから、自分のキャリアチェックをしよう」ということです。

自分の主観で、今のキャリアコンディションは何点で、その理由はなにかを言語化して書き出す。そして改善点はなにか考えて、それに向けてまた2週間やろうと。そういうふうに計画的にキャリアをつくっていく。

キャリアで悩んでいる人はとても多いですよね。でも、悩んでばかりいたってなにも解決しない。だから、考えて手を打つ。一手一手増やしていくのを意識するんです。

まずは、行動ありきです。失敗も含めて、経験を重ねて進化していく過程、つまりキャリア資本を増やす過程の中でこそ、心理的成功を得られて、悩みも消えていくわけですから。

やりたいことがあれば、今やったほうがいい。「いつか夢のリタイア生活を謳歌してみたい」という人は結構いると思うんですが、今やってみたらいいし、やってみるといろんなことも分かってくる。そこでキャリア資本もまた貯まるんです。

目の前の悩みにとらわれず、ぜひ行動を起こして、自分の人生を豊かにしていってほしいと思います。

 

法政大学キャリアデザイン学部教授/一般社団法人プロティアン・キャリア協会代表理事/明光キャリアアカデミー学長/UC. Berkeley元客員研究員/University of Melbourne元客員研究員 日本学術振興会特別研究員SPD 東京大学/博士:社会学 田中研之輔
一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。専門はキャリア論、組織論。社外取締役・社外顧問を30社歴任。個人投資家。著書26冊。『辞める研修 辞めない研修–新人育成の組織エスノグラフィー』『先生は教えてくれない就活のトリセツ』『ルポ不法移民』『丼家の経営』『都市に刻む軌跡』『走らないトヨタ』、訳書に『ボディ&ソウル』『ストリートのコード』など。ソフトバンクアカデミア外部一期生。専門社会調査士。最新刊『プロティアン教育』、主著『プロティアン―70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本論』、『ビジトレ−今日から始めるミドルシニアのキャリア開発』。日経ビジネス 日経STYLE他メディア多数連載 プログラム開発・新規事業開発を得意とする。

[取材] 岡徳之 [構成] 山本直子

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