世界最難関ミネルバ大学が重視する「アダプティブ・リーダーシップ」の育み方と科学的な学習メソッド【後編】

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「ハーバード大学を蹴ってでも入りたい」という学生もいるほど、魅力的かつ世界最難関校ともいわれるミネルバ大学。

そんなミネルバ流の教育プログラムが「社会人向け」に姿を変え、この春、日本に上陸。10週間コースで、単にスキルだけではなく、「変化の時代を生きる」リーダーに必要な新しい思考習慣やスキルを身に着けられる内容になっています。

後編となる今回は、前編に引き続き、同プログラムの講師を務める黒川公晴さんに、プログラムが目指す「アダプティブ・リーダーシップ」の育み方や、学習を促すミネルバの科学的メソッドについてお話を伺います。

アダプティブ・リーダーを育てるプログラムの中身

これからの時代は、不確実な世の中を生き抜く「アダプティブ(適応型)リーダーシップ」が求められるとのお話でしたが、ミネルバの社会人コースでは、実際にどのようなことを学ぶのでしょうか?

1週間に1回2時間、10週にわたって展開する10のセッションで、アダプティブ・リーダーシップに必要な行動特性が身につく内容になっています。その大まかな流れを示すのが、下の図です。

図の左下にあるように、大前提として「①システム思考」を学びます(後ほど詳述)。そして、システム思考を学んだ後は「②対自分」を学び、その後に「③対ヒト」や「④対課題」の思考法やスキルを身につけます。

「③対ヒト」や「④対課題」より先に、「②対自分」が来るんですね。

はい、まずは自分。他者をどうこうする前にまず自分から、ということなんです。他者に共感する前に、自分自身のことを理解できているか。これができていないかぎり、他者とうまく関わり合うなんてできないんですね。

いろいろな物事が複雑に、不透明に、不確実に動いていく中で、「自分」という軸をどう持ち続け、行動指針にしていけるか、がアダプティブ・リーダーシップを育む出発点となります。

なるほど。次に「③対ヒト」「④対課題」ではなにを学びますか?

「③対ヒト」では、人の行動やモチベーションの源泉を学び、それが人それぞれで違う、ということも理解したうえで、人や組織の動かし方を学んでいく。

「④対課題」では、課題を特定し、分析したうえで、いかにチームや個人のバイアス(偏見)を取り除いて、合理的な解決策を導き出すかを学びます。

そして、最後の「⑤意思決定と実践」では、自分の組織や会社が抱えている実際の課題を持ち込んで、今まで学んだいろんなスキルセットを活かしながらプロジェクトプランを描くことをゴールとしています。

「①システム思考」、そのあとに「②対自分」、そして「③対ヒト」や「④対課題」へのアプローチを知り、現実の課題(⑤)に当たる。それを繰り返すことで、アダプティブ・リーダーシップを育んでいく、というのがミネルバの考え方です。

すべての大前提となる「システム思考」

ベースとなる「①システム思考」とはなんでしょうか? また、なぜそこまで重要なのでしょうか?

システム思考とは、端的に言えば、問題の背景にはさまざまなエージェント(構成要素)の相互作用、あるいは人の深層心理がある、というのを理解する力のことです。

例えば、職場でだれかがミスをしたとき、私たちは「その人」にどんな原因があるのかにフォーカスしてしまいがちですよね。

そうではなく、「何がそうさせたのか」を考える。彼・彼女がそういう行動を起こしたこと自体がいろんなことの「創発現象(相互作用の結果として起こったこと)」であるかもしれない、と想像し、見ていく。

会社というシステムの中に、人や制度があって、カルチャーや売り上げといった数字があって……あらゆる要素がどう作用し合っているかをきちんと見る、というのがシステム思考のコアです。

このことをきちんと理解すれば、表層だけを捉えて短略的な打ち手やコミュニケーションに走ることなく、課題の解決策や他者との接し方をじっくりと考えるようになる。 自ずと、人や課題への向き合い方が変わってくるんです。 

「①システム思考」を活用できた好例はありますか?

授業でも取り上げますが、「キャタピラー社」という大手建設機械メーカーの例があります。そのブラジル支社は、生産力強化のために現場で働く人のモチベーションを上げる施策を取ったところ、業績が伸び始めたんですね。

しかし、彼らはそこにとどまらず、「システムとして」労働市場全体をとらえ始めたんです。すると、ブラジルの田舎町で雇える労働人口がだんだん減っていることや、自分たちが人材のプールをどんどんと食い尽くしていることに気づく。

さらに労働者たちの日常を細部まで見ていくと、地域の医療体制や治安が悪いことも分かり、ここに根本的にアプローチしないと、長期的には業績強化につながらない、という結論に至ったんですね。

そこで彼らは、一見遠回りに見えるんですけど、地域コミュニティの構築に着手しました。行政や地元メディアなどの協力を得ながら、治安や医療体制を強化していくと、少しずつ人口が流入し、ポジティブサイクルが回り始めました。

もし、システム思考が備わっていなければ、「どうすればいい人材を採用できるか?」という局所的な施策に終わっていたでしょう。

システム思考には、社会全体を広く見渡す「ズームアウト」と、一人ひとりのモチベーションまでも深堀りする「ズームイン」という2つのアプローチがありますが、それらを行き来しながら考えることを学ぶんです。

本来の自分に向き合い「自分の存在意義」をつくる

「①システム思考」の後に、課題そのものではなく、「②対自分」を学ぶのもユニークだなと感じました。

たしかに、仕事で「③対課題」に慣れている方にとって、「②対自分」は新鮮なポイントかもしれません。

ここでは、自分自身に目を向けてもらい、自分の「パーパス(存在意義)」を作り、それを組織の存在意義とどう結びつけるか、を徹底的に学びます。

そのためにまず、「自分は何者なのか?」を掘り下げる。環境が揺れ動く中で、外部刺激に反応しながら意思決定や人生選択をするのではなく、自分の中に1本軸を持ちながら自己選択をしていけるように。

そして、その軸に共鳴して、仲間が集まり、顧客もプロダクトやサービスを買ってくれる、という世界観を学んでもらうんですね。

ミネルバ式の自分の存在意義の見つけ方は?

例えば、「過去に利害関係なく、自分が夢中になっていたこと」を言葉に紡ぎだしていくというアプローチがあります。

そこでプログラムの受講者から出てくるのは、例えば「自分は物事を創作するのが好き」など、かなり抽象度の高いもの。それを咀嚼して、今置かれている組織や役割、仕事、課題に当てはめたときになにができるかを考えて、落とし込んでいきます。

そして、最終的には自分で見つけた存在意義を発表してもらうのが、「②対自分」のセッションのゴールですね。

同じ「②対自分」では「行動科学とモチベーション理論」も学ぶんですよね。これはどういうことでしょうか?

「ヒトはなぜ、どう行動しているのか?」を学びます。人間の行動には「ゴール」と、そこに向かう「モチベーション」のベクトルがありますが、そこには信念やバイアス(偏見)などが影響を与える。

例えば、「お金を稼ぎたい」というゴールを持つ人が金銭的なモチベーションを持って突き進むとき、「正しくありたい」という信念があるからこそ不正を起こさない、とか。

バイアスについては例えば、「損失回避バイアス」がかかると、仕事を進めてきた途中で重大な問題があることが判明したとしても、「ここまでこんなに頑張ってやってきたんだから止められない」と、合理的な選択ができなくなるとか。

しかし、人はバイアスから逃れることはできません。ですから、「バイアスと向き合う」というのは、プログラム全体を通じて大きなテーマになっています。

ただ、かならずしも「合理的=正解」ではなく、「間違ってもいい。その時々の最善を尽くして、より間違いが少ない意思決定を導いていく」ということ。

言い換えれば、間違いを許容できる文化を、個人やチームの中に作っていく。そのために、続いて「EQ」を学ぶんです。

「EQ」とはなんですか?

EQは、Emotional Intelligence Quotient」の略で、心の知能指数のことです。心理学者のダニエル・ゴールマンが「自己認知」「自己抑制」「モチベーション」「共感力」「ソーシャルスキル」という5つの構成要素を定義しています。

中でも自己認知は、多くの人にとって重要なもの。「自分で自分のことをどれだけ分かっているのか」という対内的なものと、「他者が自分のことをどう見ているのか」という対外的なものがあり、これが「共感力」につながる。共感力とは、他人が見ている世界をそのまま受け取れるか、ということ。

それを学ぶために、自分にとってこだわりの強い課題を一つ選んでもらって、それに対して真逆の立場に立つ人になって、主張の手紙を書くというワークをやったりもします。

例えば、寝食を忘れるほど時間を気にせずビジネスに没頭したい起業家志向の人が、「私は朝9時から夕方5時までだけ働きたいです」という人の気持ちになって手紙を書いたり。ここが、自分の視点が転換するポイントになる人が多いですね。

学習、実践、定着――ミネルバの科学的メソッド

ご紹介いただいた学習内容もユニークですが、ミネルバは「学習法」でも注目されていますね?

はい、ミネルバは学習を徹底的に科学しているんです。特徴的なのは、講義による「Teaching」ではなく、学習して記憶し、それを取り出して実践し、記憶に定着させるという「Learning」を重視していること。

この「Learning」を効果的・効率的にするには、「よく考える」ことと「関連づける」ことの2つが大切という法則があります。その2つを細分化して、心理学や神経科学、脳科学などを組み合わせながら定義した「16の学習原則」をプログラムに反映させています。

【16の学習原則】

  1. 深い思考:対象についてさまざまな角度から考察を深める。
  2. 適切な難易度設定:簡単すぎず、難しすぎないタスクを設定する。
  3. 思い出させる:覚えた情報を記憶から取り出させるタスクを設定する。
  4. 意図的な実践:実践の最中にフィードバックを行い、自身のパフォーマンスについて具体的に何が良かったのか、または悪かったのかを意識させる。
  5. インターリーブ手法:同じテーマでも、さまざまなタイプの課題や問題を織り交ぜる。
  6. デュアル・コーディング:書き言葉、話し言葉、画像、動画など、多様な角度から五感を刺激する。
  7. 感情喚起:感情を喚起させる材料を用いて記憶を関連づけ、思い出しを円滑化する。
  8. 塊に分ける:関連する情報同士をグループ化するなどして、覚えやすい量の情報に分類していく。
  9. 既存の知識と関連づける:すでに知っていることとの関連や類似性をできるだけ多く見つける。
  10. 全体像を抑える:具体論に入る前に大きな前提や全体像から始める。
  11. 事例を活用する:抽象的な原理だけでなく、記憶に残る具体的な事例をできるだけ多くあつかう。
  12. 暗記よりも原理の理解:事例の背景にある一般化できる原則を理解する。
  13. 連想の鎖:ストーリー化することで、習得する知識やスキルを無理なく連鎖的に広げる。
  14. 分散学習:同じ内容について徐々に間隔を長く空けながら反復的に学び、短期間の詰め込みを行わない。
  15. 文脈を変えて考える:習得した知識を、異なる領域やシーンで応用する方法を模索する。
  16. 情報同士の干渉を避ける:あるアイデアと、ほかの似通ったアイデアを明示的に区別する。

なるほど。この原則はミネルバの講座以外の学習にも活かせそうですね。

それから、「Fully Active Learning(完全アクティブラーニング)」といって、授業の75%以上の時間は「知的作業」、知識の応用と実践に集中します。

というのも、例えばただ単に「読むこと」の学習効果はすごく低い、ということがいろんな研究を通じて分かっています。知識の定着率でいうと、わずか10%。

これが、ビデオなどを視聴する学習だと20%、実演を見て学ぶと30%、議論すると50%、実践すると75%、自分で教えると90%と言われています。「Learning Pyramid(ラーニングピラミッド)」と呼ばれる学習理論です。

このピラミッドを踏まえ、このプログラムでは実践して、教えて、議論して……という本当に知的と言える作業を繰り返すことで、知識の定着を図ったりもしています。

そして、講師からのフィードバックについても、授業中の発言などは全部、ミネルバ独自の学習プラットフォーム「Forum」上に記録されるので、「この発言を鑑みると、○○のスキルについては探求の余地がありそうですね」と、ピンポイントでフィードバックしていくやり方です。

なるほど。「なにを学ぶか」と同じくらい「どう学ぶか」に重きが置かれていますね。最後に、黒川さんご自身の経験を踏まえて、プログラムの中でいちばん役に立つと思われることはなんでしょう?

強いて1つを取り上げるならやはり「システム思考」ですね。目の前で展開する状況に、ただただ反応的に対処していた以前の自分の経験を思い出すと、基礎として、ここを学んでおきたかったなと。 

その先にあるスキルでは「EQ(心の知能指数)」ですね。「仕事に感情は必要ない」という暗黙のカルチャーは多くの組織で見られますが、実は感情には多くのヒントが隠されています。私自身、外交官だった当時、そのことをきちんと理解して感情をうまくあつかえていれば、もっと多くの同僚や他国のパートナーと信頼関係を築けたのではないか、と。

ぜひ、ミネルバの社会人コースで新しい思考法を身に着けて、対人知性を深めていただければと思います。

合同会社こっから 代表社員 黒川公晴
2006年外務省入省。2009年米国ペンシルバニア大学で組織開発修士を取得後、外交官としてワシントンDC、イスラエル/パレスチナに駐在。帰国後は日米安保、国際法等様々な分野を手がける傍ら、首相・外相の通訳を務める。国益や価値観がぶつかり合う交渉に携わる中で、個と個が生み出す可能性、個と組織の在り方に強い関心を持ち、2018年独立。ファシリテーター・コーチとして国内外の企業・団体の人材開発・組織開発を支援。内省を通じたリーダーシップ育成、ビジョン・バリュー策定、自律型組織作り、事業開発、紛争解決等のサポートを行う。一般社団法人Brain Active with代表理事|一般社団法人ALIVE理事|米国ミネルバ講師|ペンシルバニア大学組織開発学修士

[取材・編集] 岡徳之 [構成] 山本直子 [撮影] 小金丸和晃

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