ロールモデル、ならなくていい。優秀な部下の力を引き出す上司の条件とは?

2017/05/12

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変化の激しい時代に成長を続ける企業の条件、その一つは「既存社員より優秀な人材を採用し続けること」です。

しかし、今いる社員より優秀な人を採用すれば、マネジメントの難度は上がります。「ある分野については部下のほうが専門性が高い」という状況は当然起こり、上司の存在意義が揺らぐおそれもあるからです。

こうした難しい状況に対処し、優秀な部下たちに思う存分能力を発揮してもらうにはどうすればよいでしょうか?

そこで今回は、抜群に突出した専門性を持つ部下が集う組織、理化学研究所のスーパーコンピュータ「ポスト『京』」開発プロジェクトを総括する、岡谷重雄さんを取材。

エンジニアリングの専門性は部下のほうが上という「上司・部下逆転」の状況で、岡谷さんはどのようにチームの舵取りをしているのでしょうか。

国立研究開発法人 理化学研究所 副理事 岡谷重雄

PROFILE

国立研究開発法人 理化学研究所 副理事 岡谷重雄
岡谷重雄
国立研究開発法人 理化学研究所 副理事
京都大学大学院、スタンフォード大学ビジネススクール(MBA)を修了。在米国日本大使館一等書記官、経済産業省国際企画官、文部科学省科学技術・学術戦略官など要職を歴任。国内外の研究機関のマネジメントや国際的な研究プログラムの総括にも従事。エンジニアとしての経験はないものの、グローバルなシチュエーションにおける交渉力などが評価され、2015年に理化学研究所に入所。現在「ポスト『京』」プロジェクトを総括する役割を担っている

自分より優秀な部下たちの上に上司が立つ意味

まず、スーパーコンピュータ「ポスト『京』」について教えてください。「京」とはどのように違うのでしょうか。

最近は、「理研といえば『京』」と言っていただけるようになりました。「京」は世界中のスーパーコンピュータの中で、ビッグデータの解析性能でアメリカ、中国、ドイツを上回り、「4期連続首位」となりましたが、「ポスト『京』」はその後継機です。

「京」は1秒間に1京回(1京は1兆の1万倍)もの計算が可能なスーパーコンピュータですが、その「京」を持ってしても1年かかっていた大量の計算を、ほんの数日で処理してしまえる性能を目指して開発しています。2020年ごろに運用開始予定です。

ー途方もない性能ですが、実現すれば私たちの生活にどのようなインパクトをもたらすのでしょうか。

「社会のインフラ」となりうる技術で、ありとあらゆる研究、産業を加速させるでしょう。

例えば、「地震被害予測」。津波による被害、経済活動への影響など、「地震が来たときに起こること」をすべて予測し、防災計画の立案に役立てることができます。他にも創薬、よりスケールの大きなところでは「宇宙の起源の解明」にも貢献できるはずです。

ポスト「京」は9つの重点課題の解決に貢献する(提供:理化学研究所)
ポスト「京」は9つの重点課題の解決に貢献する(提供:理化学研究所)

ポスト「京」のプロジェクトは、スーパーコンピュータを開発するエンジニアだけでなく、防災、環境、エネルギー、基礎物理分野など、各分野の専門家を巻き込む形で進んでいます。どの方も大学の研究者で、たくさん論文を書いてきたような人たちですよ。

ー率直に、部下がそのように優秀な人ばかりで「やりづらさ」を感じることはないのでしょうか。特に岡谷さんは非エンジニア、非研究者ということで・・・。

そうですね、たしかに私はエンジニアでも研究者でもありません。ですから彼らからすれば、「どうして岡谷が上に立つのか? マネジメントできるのか?」とは、当然感じるのだろうと思います。

しかし、彼らと一緒に国際会議に出て、私が他国の代表団と交渉したりすると、みんなびっくりするのです。さすがにこれまで場数を踏んできたから、交渉については一目いてくれていると。

私が持っているエキスパティーズ(専門性)に対するリスペクトは、彼らもそれなりに持ってくれていると思います。これが、「プロジェクトのことはまったく分かっていないけど、なぜかときどき研究所に来て、なんか言って帰る」ような上司では難しいでしょうね。

理化学研究所は「ポスト『京』」開発のために、ソフトバンク社が約3.3兆円という巨額で買収したイギリスの半導体大手「ARM」とも提携している。こうした海外企業や海外研究機関と交渉にも岡谷さん携わっている

ー優秀な部下たちをマネジメントするためには、彼らと異なる専門性を持つことが大切で、岡谷さんの場合はそれが交渉力だったということでしょうか。

それも大切ですが、上司にとっていちばん大切な役割は、「優秀な部下たちを同じ方向に向かせること」です。こういうと、「組織の論理や上から下りてきた指示を押しつける」ように聞こえるかもしれませんが、それとは違います。

ーでは、「部下たちを同じ方向に向かせる」とはどういうことでしょうか。

国立研究開発法人 理化学研究所 副理事 岡谷重雄

「同じ方向」と言っても、何も全員が同じ一つの目標に向かって走るわけではありません。むしろ、みんなそれぞれ別のアジェンダ(キャリアプラン)があっていい。それらの中でみんなが納得できる「最大公約数」を旗印として掲げ、謳うのが上司の役割です。

そのゴールというのが、「ポスト『京』」の場合は、世界最高レベルの消費電力性能、計算能力、利便性、画期的な成果の創出を実現するスーパーコンピュータを開発し、「国民に最大のインパクトを与えること」なんです。

ー意外です。組織のアジェンダやコンピュータの仕様はすでに決まっていて、それを実現できる人が集められているのかとばかり・・・。

もちろんこの旗印は発注元である国のオーダーと合致していないといけません。税金で走っているプロジェクトですから。

ただ、スパコンって「速い」だけが能じゃない、使われてなんぼなのです。地震に健康長寿、エネルギーにものづくり・・・ いろんな分野で役立つ革新的なアプリケーションが成果を出さないとせっかくの高性能なスパコンがただの「カラパゴスマシーン」になってしまいます。

そのためには、各分野の専門家たちにアイデアを出してもらい、コ・デザイン(共に設計すること)していく必要があるのです。そういう多様性のる組織ですので異なるみんなが納得できる旗印を上司が謳い続ける必要があるのです。

しかし、組織に優秀な人材が集う場合、もともとはやりたいことがあった人たちが「丸くなってしまう」ということが起こりがちです。

たしかにそうです。それは、組織が「アイスブレイキング」をしたがるからでしょう。

ー「アイスブレイキング」とは?

「新人のエゴを潰す」ということです。これは日本にかぎらず、アメリカでもヨーロッパでも起こり得ることですが、優秀な個人を組織に順応させるために、その人が持っている価値観を「叩く」のです。だから、個人が丸くなっていく。

国立研究開発法人 理化学研究所 副理事 岡谷重雄

優秀な人は、たいてい若い人に多いのです。それを上の世代のオジサンが叩こうとする。

それを防ぐには、優秀な若い人たちに、上司抜きで議論する場を与えることが必要です。また、異業種の人たちと横のコネクションを作る機会を提供したりして、「孤立させない」ことも大切。

組織がアイスブレイキングをすると、たとえどんなに優秀な人であっても自我を失い、組織に順応してしまいます。そうならないよう、組織の論理のカウンターパートとなる社外のいろんな価値観を見せてあげて、部下に「自分で判断する力」を身につけさせることが大切です。

「誰が正しいかではなく、何が正しいか」。部下が自分で判断するための基準を持てるようになると、それがダイバーシティを受け入れる組織の土壌にもなります。そのための環境作りも、上司の役割です。

優秀な部下を活かす第一歩は、上司が「バカ」になること

ー優秀な部下に力を発揮してもらうための「環境作り」として、上司は何ができるでしょうか。

部下のエクセレンス(長所)を伸ばすために、彼らを押さえつけるモノゴトを排除することです。

例えば、ある部下の研究者が「自分はこういうノウハウを持っていて、こういう研究をやりたい」と言ってきたとします。そのための協働相手を探したり、予算を取ってきたりするのが上司である私の役割。また、ステークホルダーたちに対するアカウンタビリティーもそうです

しかし、日本の多くの組織って、新しくモノゴトを進めようとすると妨害しようとしますよね。日本人はリスクとか変化に弱いのです。では、かといって研究者自身がその妨害をかわすための作業までしてしまうと、疲弊しますし、本来の研究に手がつきません。

他にも、会議が多いとか、意思決定するのが誰だか分からないとか、経理や財務に関わる手続きやルールが煩雑すぎるとか。そういうどんな企業にもありそうな阻害要因を減らしていく仕事は、たしかに地味ではあるけれど、上の人間にしかできないこと。部下にとってはが役に立つ存在なのです。

国立研究開発法人 理化学研究所 副理事 岡谷重雄

岡谷さんは過去に、海外とスーパーコンピュータの共同研究をする際に足かせとなる軍事利用のリスクを低減するため、相手国との科学技術協定の下、平和利用に限定するよう政府に働きかけ、共同研究を実現した。

ー優秀な部下が困っていることを取り除くことも、上司の必要な役割だと。

そうです。優秀な人が「あそこに行きたい」と思える組織の基準は、世の中にもたらすインパクトの大きさもそうですけど、「きちんと自分の能力を活かせる仕組みになっているか」が大事な指標の一つなのです。

組織の妨害が少なく、専門性やキャリアプランが異なる人でも受け入れられるダイバーシティが高い組織を上司が作っていかないと、優秀な人は来てくれないでしょうね。また、自分のアジェンダに従って専門家が自由に組織を出入りできる、フレキシブルさも重要です。

ーそのような組織を作るためには、どうすればいいでしょうか。

まずは、優秀な部下たちのやりたいことを上司が深く理解する必要があります。そして、部下や若手の人たちが考えていることを拾いたいのであれば、ひとえに「ダイアログ(対話)」が大切。その中で先ほどの「謳う旗印」の理解を得ていくことが重要です。

しかし、組織の上の人間が下の人のところに話しかけにいったとしても、部下たちは「あの人は現場の人じゃないし」とか、「どうせ分かってくれないだろう」とか、上司のステレオタイプを作ってバリアを張ります。

それを壊すためのアクションは、部下自身には難しい。だから、上司が工夫しないと。

ー部下のバリアを壊すために、どんな工夫ができるでしょうか。

「バカ」になるんです。

ー「バカ」・・・ですか?

国立研究開発法人 理化学研究所 副理事 岡谷重雄

私は普段、動物の柄のネクタイを締めているのですが、「昨日は犬だったんけど、今日はなんだと思う?」と、研究中の部下に聞いてみたり。そしたら、「あいつ、バカだ」って思われますよね。だけど、それが大事なのです。

部下たちも、「あいつ(上司)はどこか抜けている。変なやつだ」と思えると、自分の中で勝手に作り上げていた上司のステレオタイプから脱却できる。

そうでもしないかぎり、部下とはありきたりなコミュニケーションしかできなくて、何かディスカッションしたとしても「決まったような答え」しか返ってこないじゃないですか。

上司が自分から素をさらけ出して、「自分はバカだ」と伝える。ただでさえ、日本の企業は「強い人」が上に行きがちなのですから、なおさらそういうふうに仕事をしていかないと部下とコミュニケーションなんて取れません。

「ロールモデルになんて、ならなくていい」

ー上司は常に部下の「手本」になるべき存在だと思っていました。

今の30代、40代の人たちにかかるプレッシャーはすごいですよね。自分がそれだけの能力を持っていなくても、優秀な部下が集うチームを「牽引」しないといけない、とか。

それこそ、「部下の手本、ロールモデルにならないといけない」というプレッシャーもあるでしょう。ほんとうは、ロールモデルになんてならなくていいのです。

国立研究開発法人 理化学研究所 副理事 岡谷重雄

だって、自分が部下のロールモデルにならなくても、上司はチームのパフォーマンスが上がればそれでいいのであって、そのための環境作りが上司の仕事です。優秀な部下たちがパフォーマンスを発揮できれば、会社だってそれで満足じゃないですか。

ただ、そう割り切って考えられるようになるのは実は簡単ではない。自分が認められたいという気持ち、エゴや自意識との戦いだからです。自分を殺すことができないと失敗してしまいます。

「自分」が前に出てくるとダメですね。

ー自分の鼻をへし折られるような経験を一度はしないと、そう割り切って考えるのは難しそうです。

まさに。しかし、上司としてプレッシャーを感じている人に言いたいのは、「パワー」という言葉の定義は何かということ。何だと思いますか?

「パワー」とは、地位でも権威でもない。「自分が成し遂げたいことを成し遂げる能力」です。自分が成し遂げたいことを成し遂げられるのであれば、何も上司がすべてにおいてチームでいちばんである必要は、ありません。

国立研究開発法人 理化学研究所 副理事 岡谷重雄

[取材・文] 松尾美里、岡徳之

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