ビジョナリー・カンパニーから学ぶKPI至上主義の限界と処方箋

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先月の記事、「学習しない組織」では、

「経営陣が目標設定し、そこにKPIを張り付け、現場がそれを回し続けるという会社運営は、社員を外発的動機づけで動かし続け、最後には “学習しない組織” を作り出してしまう」

という指摘を行いました。その結果、ソーシャル上で5,000以上の「いいね!」、600を超えるはてなブックマーク、そしてNewsPicks上で1,000以上のPickとなる大きな反響を呼びました。

そんな中、

「自分が在籍していた外資系企業では、会社の基本理念がしっかりと機能していたから、こういう状態には陥らなかった」

「社員が内発的動機ではたらけるのは、企業としての基本理念という軸があり、個人の想いと会社の理念が相互に刺激するからこそ」

といった、いわゆる「ビジョナリー・カンパニー」と呼ばれる企業での勤務経験がある方々からの指摘が相次ぎました。

そこで本記事では、この「企業の基本理念」によって、どのようにして “学習しない組織” が回避されるのかについてご紹介いたします。

今回のアウトラインです。

INDEX読了時間:5

それでは、本文です。

ビジョナリー・カンパニーとは

今回の指摘をした方々に共通するのは、彼らがP&Gやヒューレット・パッカードなど、「ビジョナリー・カンパニー」と呼ばれる企業の出身者である点。「ビジョナリー・カンパニー」とは、タイム誌の「最も影響力のあるビジネス書25選」にも選ばれている、20世紀を代表するビジネス書の一冊のタイトルです。

この書籍の中で、フォーチューン誌上位500社のCEOなど主要な大企業の経営者にアンケートを実施し、彼らが「ビジョナリー」であると考える企業の中から選りすぐりの企業が「ビジョナリー・カンパニー」として選出されています。

「ビジョナリー・カンパニー」と、そうでない競合比較企業の例は、下記の通りです。

ビジョナリー・カンパニーとその競合企業

ビジョナリー・カンパニーの「基本理念」が持つ力

その組織が目指しているモノ(=基本理念)に対して、個人が内発的動機をかき立てられ、自己分析の中で、個人と組織の価値観のすり合わせができる状態を用意しておくことができれば、学習する個人が増え、その数が組織にフィードバックできるのに・・・ と考える今日この頃です(30代・男性)

これがまさに、前回の記事に対してビジョナリー・カンパニーの出身者たちが送ってきたメッセージを総括しています。

簡略化して図示すると、次のような構造となります。

KPIで外発的に動機づけされる企業(左) VS  基本理念で内発的に動機が生まれる企業(右)

外発的動機づけをされた仕事の進め方では、前回記事で指摘した通り、個人は「やらされ感」によって日々活動するため、そこには新たな学習が発生しません。

一方で、内発的動機づけに基づいた仕事をすることができれば、そこには新たな学習が次々に生まれ、これが組織として融合することで「学習する組織」がもたらされます。

経営陣がよかれと思って目標を定め、そこにKPIを張り付かせて利益を上げていった結果、学習しない組織になってしまう・・・ そんな袋小路にハマっている組織にとって明るい兆しとなりうる、「ビジョナリー・カンパニーの持つ、基本理念の仕組み」について、ここから掘り下げます。

普通の会社の基本理念との違い

ビジョナリー・カンパニーの基本理念は、普通の会社の基本理念と以下のような点で大きく異なります。

違いその1:利益よりも基本理念のほうがはるかに重要

ビジョナリー・カンパニーでは、基本理念の尊重は、利益よりもはるかに重要となります。例えば、今回の議論に参加したあるビジョナリー・カンパニーの出身者は、

私が現役時代、「公正さ」を掲げる自社において、海外での自社事例が紹介されたことがありました。この地域での輸出入に関して、現地から賄賂を要求された際に、「利益を考えればそれを甘んじて受け入れたほうが儲かるが、それは公正さに欠ける」ということで、毅然とした組織決定としてはねのけられたという話です。現地の社員がスパッと基本理念と照らし合わせて判断したんだろうなあ・・・ というのが容易に想像できました(40代・男性・元外資系メーカー)

この判断は、多くの普通の企業では迷いながら行われるかもしれません。しかし、基本理念が強いビジョナリー・カンパニーでは、社員同士「当然、そんなの受け入れない」といった毅然とした態度で行われることとなります。

違いその2:取捨選択と役割が驚くほど明瞭

平凡な企業の多くは、どの会社でも通用するような内容を羅列し、基本理念として額縁に飾っています。ビジョナリー・カンパニーの基本理念は、驚くほど明瞭で割り切りがあり、他社とは一線を画しています。

例えば、ノードストロームは「顧客へのサービスを何よりも大切にする」から、何かお客さまが困ったことがあれば、コスト度外視でとにかく徹底的にフォローを行います。

一方、ウォルマートは「無駄をなくす」「価格を引き下げ、品揃えを増やして、顧客の生活を充実させる。それ以外のことはすべて二次的である」と掲げた基本理念に基づきます。品揃えには命をかけますが、個別顧客に対する手厚いサービスは行いません。なぜなら、それではコストがかさんでしまい、価格の引き下げができなくなるからです。

違いその3:合う人には合うが、合わない人にはまったく合わない

平凡な企業では、基本理念の内容はボヤっとしているため、それによって社員の会社での居心地が左右されることはあまりありません。ビジョナリー・カンパニーの基本理念は、合わない人には徹底的に合いません。

例えば、「イニシアチブを発揮し、率先して行動することが重要である」と掲げている企業であれば、これを発揮することが当たり前とされ、それができない人間は『まるで病原菌のように追い払われて』(書籍:ビジョナリー・カンパニーによる表現より引用)しまいます。それだけに、その基本理念に合致し、入社し、活躍する人材にとって、基本理念は力を発揮します。

基本理念が社員の内発的動機づけを起こすプロセス

こうした特性を持つ、ビジョナリー・カンパニーの「基本理念」は、以下のようなプロセスで社員の内発的動機づけを引き起こしていきます。

ステップ1:採用段階でのふるい落とし

ビジョナリー・カンパニーでは、採用段階で、この基本理念に合致する人物かどうかを厳しく選別しています。選考の一つひとつのプロセスの中に、基本理念に適合しているかどうかを見極めるための観点が用意されており、それに合致するかどうかを、基本理念を日々体現している社員が確かめるため、その精度は高いものとなります。

逆に言えば、入社するかどうかを選ぶ新入社員も、自分がその会社、そしてその会社の基本理念に合致しているかどうか、自分自身で判断できるようになっているのが特徴です。

このスタンスは、平凡な企業における、世の中で言われているコミュニケーション能力・問題解決能力などを基軸に採点し、採用しようとする傾向とは対照的です。

ステップ2:基本理念と自分の役割を紐づける

ビジョナリー・カンパニーでは、会社全体が基本理念に基づいて定義した方向性、そこから落ちてくる一つひとつの部門が果たす役割、そしてそこに所属する社員個人が果たすべき役割が、一気通貫してつながります。

個人である社員の役割については、そうして落ちてきた方向性を一方的に受け入れるのではなく、社員個人が持っている価値観との掛け合わせにより熟慮し、本当に自分が何をすべきかを両者を融合させた形で行動へと定義していきます。

このとき、一人ひとりの社員の役割定義、そしてそこから起こす行動については、自分自身で検討・決定することが権利であり、同時に義務として課せられているため、熟慮に熟慮を重ね、上司との徹底した議論を行うこととなります。

ステップ3:基本理念に合致した行動は賞賛され、合致しないものは戒められる

こうして、基本理念・会社の価値観と、個人の価値観の両者によって検討され、社員自身が決定した行動は、実際にさまざまな制約や状況の中で、想定した通りに実施されることもあれば、想定を外れ、結果的に基本理念と合致しない形で実施されることもあります。

ビジョナリー・カンパニーでは、この「行った結果」に対して、基本理念に合致しているかどうかという目線で徹底したレビューが行われます。

そして、その結果が基本理念に合致していれば組織全体で賞賛され、良い事例として紹介され、本人への報酬や昇進につながります。逆に、利益や売上が高かったとしても基本理念に反する行動は、そういうときこそなおさら指摘され、戒められます。

以上のようなステップが、何回も繰り返されることによって、社員が持つ価値観と会社の基本理念、そして実際に行っている行動の紐づきがどんどん強まり、社員は自分の内発的動機に基づいて日々仕事をすることとなります。

実際にビジョナリー・カンパニーではたらいていた方の感想

上記のように、基本理念で運営された組織ではたらくとは、実際にどのような感覚なのか? ビジョナリー・カンパニーの一つとされるヒューレット・パッカードに勤務経験のある男性は、こう語ります。

「日本ヒューレット・パッカード(以下、日本HP)を含む、世界のHPの人材が持つ根底の内発的動機は、すべての人ではないですが、多くの人が『ガレージ』につながっています。

『自分が世界を変えられることを信じる』というのをガレージのルールに追加したのが2000年。それまでも、ガレージに鍵をかけない(盗む前提ではなく、返しに来る前提でガレージを解放する)とか、ガレージからシリコンバレーが生まれたそのモーメンタムを楽しむという理念のようなものが、ことあるごとに言語・非言語で埋め込まれていました。

自分が仕事をしている小さなタスクがガレージにつながっていると思うとワクワクしますし、もちろんキツイこともありましたが、『お前もHPの価値観に共感しているんだろ?』という感じのシンガポール人やオーストラリア人と対話するのは、非常に心地良かったのを覚えております」

そして、自身の仕事での役割とのつながりについて、こう続けました。

「今の自分のタスクが日本製造業のERPシステム構築というものにつながっていたとしても、さらにその上位概念に、『製造業を支えている日本HPという存在は、HPのもつガレージの精神につながっているはず』という気持ちがありました。キャリアやタスク、そういう経営のKPIから降りてきている上位下達のラインとは違うものが内発的動機だった気がするんですよね」

KPIだけでの運営では「学習しない組織」に陥ってしまう状況も、こうしたビジョナリー・カンパニーの基本理念の運営をヒントにして変えることができるかもしれません。

別のビジョナリー・カンパニーにて、人事・組織運営を経験した方は次のように語っていました。

「想いを言語化・文書化できている企業は、規模の大小にかかわらず強いですね。そして、その言語化・文書化された想いを愚直に行動に落とせているか否かが、強い組織となっているか否かにつながると思います」

社員が内発的動機に基づいてはたらき、組織全体が『学習する組織』となるためにはどうすればよいか、今一度考えるタイミングが来ているのかもしれません。

[編集・構成]doda X編集部

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