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多くの企業にとっていま、「デジタルトランスフォーメーション(DX)」は生産性と競争力を高めるうえで喫緊の課題となっています。しかし、DXとはどのようなもので、なにから取り組めばよいのか曖昧なところもあり、日本企業のDXは欧米に比べて遅れていると言われています。
そんななか、日本の企業経営にデジタル先端企業のCTO(チーフ・テクノロジー・オフィサー:最高技術責任者)の知見を役立てる目的で発足した一般社団法人「日本CTO協会」が昨年末、自社のDX化の状況を自己診断し、その目標設定に活用できる基準「DX Criteria ver.201912」の無償提供を開始しました。
同協会曰く、「日本企業のDXは『片輪』が抜け落ちた状態になっている」「DXとは実は『デジタル時代の働き方改革』である」とのこと。
その言葉の真意について、同協会の代表理事を務める元ミクシィ取締役CTO・現レクター代表取締役の松岡剛志さんと、理事を務めるレクター取締役の広木大地さんに伺い、DXとは結局のところなんなのか、そしてどのように推進していくべきかーーそのヒントを探ります。
2つの「DX」:新しい技術と働き方
―今回のテーマ「DX」ですが、日本企業への浸透の状況をどう捉えていますか?
松岡 これは経産省の「DXレポート」でも語り尽くされた話ですが、残念ながら日本企業のDXはかなり遅れていると言わざるを得ません。欧米の企業に比べて5〜10年の遅れが存在しています。
例えば、アマゾンは2012年時点で、自社サービスを1時間に1000回リリースして検証するという改善スピードを実現していました。現時点でもそこまでやれている日本企業は何社あるでしょうか。
広木 クラウドの活用に関しても、ある調査で世界中の国々で日本とインドネシアだけが「クラウド抵抗国」と言われています。なぜそうなっているかというと、「現状を変えたくない」から。
コストを下げることだけ考えると、何もしないのがいいかもしれない。そうやってお題に対して忠実に頑張っているんですけど、そもそも求めているお題は本当に「目先のコスト削減」なのかと。
松岡 このままでは2025年に多くの企業でITシステムが陳腐化し、維持運営に年間12兆円もの巨額のコストがかかると、先ほどのDXレポートでも示唆されています。
―日本企業のDXが遅れている、最大の原因はなんだとお考えでしょうか?
広木 「DX」という言葉が世に出回りすでに久しいですが、僕らのようなデジタル企業の人たちは最初、「ディベロッパーエクスペリエンス」のことだと受け取ったんですね。これは、開発者が本質的な価値を提供する仕事にフォーカスできる環境のことです。
これはどんな業務でもそうですが、そうした環境がないと「この会社は働きにくいな」と意欲的な人ほど離れていってしまう。転職が盛んで、人材を取り合っているIT業界のようなところでは、すでにそういう開発者のための環境づくりがメインテーマになっています。
しかし、日本の多くの企業は「デジタルトランスフォーメーション」ばかりを意識し、「DXにどこから手をつけていいか分からない」と言う。そうした企業ほど、ディベロッパーエクスペリエンスに取り組むべきだというのが、私たちの見解です。
つまり、日本企業のDXが遅れている最大の原因は、「デジタル技術で価値を提供する人がいて、そのうえでデジタル事業が成り立つ」という両輪が大事なのに、前者を完全に見落していることです。
―単に事業にテクノロジーを導入すればいいというものではない、と。
広木 そうです。しかも最近では、「DX」という言葉がさまざまなバズワードを交えて持て囃されてしまって、本質的ではないところで「DX」というコンセプトが消費されていくことに危機感を持っています。
そこで、僕らは「2つのDX」という旗印のもとに「DX Criteria」を作りました。
DXは、「デジタルトランスフォーメーション」と「ディベロッパーエクスペリエンス」の両輪で回していかないといけないもの。システムや新しい技術だけでなく、デジタル人材の働き方やコーポレートガバナンスも含めて一体となったものなんですよ、と。
―日本企業のどんなところに「片輪」が抜け落ちていると感じますか?
広木 例えば、よく言われる「心理的安全性」。自分の意見をスッと言える状況がチームの中にあることを指しますが、ディベロッパーエクスペリエンスの観点に立てば、これも実はDXの大事な要素と言えるんです。
なぜなら、部下が上司に対して感じられる心理的安全と、逆に上司から部下に対して目標がきちんと伝わる透明性、この二つがそろわず、お互いに膝を突き合わせて話し合えない職場では、デジタルトランスフォーメーションも起きづらくなるからです。
会議中はもちろん、ふとしたときにも「こうしたほうがいいんじゃないか。あれは違うんじゃないか」と、言いたいことを言える職場のほうがうまく行きそうな感じがする。こうしたことについて、これまで「DX」の文脈で語られることはあまりなかったですよね。
松岡 心理的安全性の他にも、求人倍率9倍、10倍という激しい獲得合戦が繰り広げられていますが、そんなエンジニアにどうやって自社を選んでもらうか、どうやって長く働いてもらうか・・・・・・という議論、これもDXの範疇です。
事業のデジタル化を推し進めたいと考えていたとして、実際に彼ら彼女らが入社してきて、1日目からプログラムを書いてもらえる体制が整っているのか。そうではなく1カ月間、大量のドキュメントを読まないと業務を開始できないような状況では始まらないでしょう。
広木 これまで語られてきたDXは多くの場合、事業や技術など「資本市場からのアプローチ」でした。それに対して、僕らがもう一つの「片輪」に位置づけているのが「労働市場からのアプローチ」です。
つまり、事業のデジタル化(=デジタルトランスフォーメーション)と同時に、そもそもデジタル化を担ってくれる人たちに選ばれる会社にならないと(=ディベロッパーエクスペリエンス)、DXは真に実現できない、ということです。
DXを実現するための「5つのポイント」
―それでは、これまで抜け落ちていたDXの片輪「ディベロッパーエクスペリエンス」に、日本企業はどう取り組めばいいでしょう?
松岡 僕たちが昨年末に提供を開始した「DX Criteria」の目的そのものでもあるのですが、ディベロッパーエクスペリエンスの質が高い組織とは、つまり「超高速な事業仮説の検証能力のある組織」と言い換えられます。
冒頭でふれた、自社サービスを1時間に1000回リリースして検証するという改善スピードを実現しているアマゾンはまさに「デジタル先進企業」の姿と言えますが、それを実現するためには「5つのポイント」があると考えています。
- ポイント1:組織文化と「見えない」投資
- ポイント2:タスク型ダイバーシティ
- ポイント3:メリハリのあるIT戦略
- ポイント4:組織学習とアンラーニング
- ポイント5:自己診断と市場比較
ポイント1:組織文化と「見えない」投資
松岡 開発者が本質的な価値を提供する仕事にフォーカスできる環境をつくるため、技術と組織文化に投資することが重要です。
技術への投資としては、例えば、ソフトウェアの品質テストの自動化を導入するといったこと。これにより、開発者の負担を軽減しながら、品質の担保とリリースサイクルの高速化が期待できます。
また、先ほどの「心理的安全性」のような組織文化を醸成することも、開発者同士の闊達な意見交換が行われ、プロジェクトの課題にいち早く気づき、本質的な価値を提供する仕事にフォーカスするうえでとても重要です。
しかし、そうした技術や組織文化に投資することの価値は、ソフトウェアの不可視性も相まって、実際に現場レベルでソフトウェアを開発してきた経験がない人にとっては理解しがたく、力を入れて投資しようと判断するのが難しいところもあります。
DXを実現するうえでは、こうした見えない技術や組織文化への投資を一つひとつ着実に実施していくだけの役割が組織内に必要でしょう。多くのデジタル企業では、CTOやVPoE(エンジニアリング担当バイスプレジデント)がそういった職責を担っています。

ポイント2:タスク型ダイバーシティ
広木 DXを実現するためには、エンジニアだけでなく、デザイナーやマーケターなど、複数の専門職が同じ目的のもと、チームワークを発揮する必要があります。また、組織を自己完結的にし、意思決定の速度を上げることも欠かせません。
そのためには、チームは「あるミッションの実行にあたって必要なケイパビリティ」のすべてを持っていることが重要になります。1つの仕事をするのにさまざまな部署の調整が必要な状態になった組織は、実行の速度を失ってしまいますよね。
そのため組織は、職能関係が高いレベルで融合した「タスク型ダイバーシティ」である必要があるのです。

よくスタートアップなど事業の立ち上がりフェーズでは、小さなチームにいろんな専門家が集まり、メンバー間で四六時中、対話が行われるため、高速なイノベーション開発が可能になると言われます。これはまさに、タスク型ダイバーシティが高い状態でしょう。
一方、事業が立ち上がり、徐々に競争環境が固定化されると「より効率よく」「より管理しやすく」部門が編成されるようになります。職能ごとの部門が編成され、組織ごとの経営指標を追いかけるようになります。
かといって、決して前者(タスク型ダイバーシティ:高)がいいと言いたいわけではありません。前者では「知の探索」が、後者では「知の深化」が進みやすいという利点がそれぞれにあり、その両方の組織体制を事業フェーズや組織戦略に合わせて切り替えていくことが重要です。

ポイント3:メリハリのあるIT戦略
松岡 システム開発には「攻めのIT投資」と「守りのIT投資」の2つがあります。前者は自社の利益増大やビジネスの変革につながるコアな機能の開発、後者は「OS」のようなすでにコモディティ化したソフトウェアの開発のことを指します。
攻めの領域では自社に知見が残るよう自社で開発を行い、守りの領域ではSaaSなど優れた外部サービスが数多くありますから、うまく活用していくことが望ましいでしょう。
この攻めと守りは完全なゼロイチで決まるものではありませんが、自社の競争領域とコモディティ領域を業界動向に対する洞察を持って、適切に選定していくことが必要です。

ポイント4:組織学習とアンラーニング
広木 デジタル領域では、新しいツールや潮流が次々と登場します。それらをキャッチアップし、挑戦し続けるためには、「組織学習」と「アンラーニング」という2つの学習文化が組織に必要です。
組織学習とは、「評価」するために数字を追うのではなく、事業を「改善」していくために、事実に基づいた計測から洞察を得て学び、次の実行を起こしていくサイクルのことです。
一方、アンラーニングとは、過去の成功体験に支えられた古い常識を忘れ、新しい当たり前を取り入れることで、時代の変化に適応し続けることを指します。

ポイント5:自己診断と市場比較
松岡 そして最後に、関連するレポートや自己診断によって競合状況との差を認識しやすくし、自社の強み・弱みを理解して段階的に変化できるよう促しましょう。

以上5つのポイントを踏まえ、「DX Criteria」では320項目の質問を通じて、自社がDX実現に向けていまどのような立ち位置にいるのかを把握し、指針を立てたり、ベンチマークした企業との違いを数値で比較したりできるようになっています。
「アフターDX」組織の行動様式はどう変わる?
―5つのポイントを押さえられると、組織の動き方はどう変わりますか?
広木 例えば、「DX Criteria」の項目の一つに、「バリューストリームの最適化」というものがあります。これは、多くの非IT企業が行っている付加価値の生み出し方に、ある意味逆行する考え方かもしれません。
バリューストリームの最適化とは、言い換えると、サービスができるまでのリードタイムを短くしていくための投資ができているか、ということです。それが実現していれば、1年後にまとめて一気に12個のサービスができるのではなく、1カ月毎に1個ずつ、結果的に計12個のサービスがリリースできます。
けれども多くの会社はそうはなっていませんよね? 期初に予算を立てて計画して、期中に進捗確認して、期末にまとめて12個のプロダクトができて、次の予算を取るみたいな。当然、人員の採用計画も1~2年単位のものになってしまっています。
しかも、採用だけでなく、予算の計画や監査、パートナーとの契約形態やコミュニケーションの取り方・・・・・・いろんな既存の仕組みと絡み合うため、従来の計画に逆らってサービスをポンポン出せるようにしていくのは現実的に難しいんです。
しかし、今や手元でコードを1行修正したら、それを自動的にテストできる状態が「当たり前」になってきている。日本企業も思いついたら作ってみて、動くかテストして、少しずつユーザーに試してもらって改善していく・・・・・・このサイクルを実現する必要があるのです。
いま、人口減の日本こそ「DX」を
―そうしたドラスティックな変化を起こすには、根本的なマインドシフトが必要では?
広木 日本はモノ作りの技術が高く、それをコアコンピタンスとする企業が多くあります。もちろんそれはすばらしいことですが、一方でシステムに関しては置いてけぼりになっている一面もあります。「自動化によっていかに品質を担保するか」という考えも重要なのです。
松岡 これまで人がやってきたことを、どうすればツールやシステムにやってもらえるか、と発想してみてもらいたい。人手不足が深刻化する現代において、100人のアルバイトを探すのは大変です。それであれば、人ではなく100台のパソコンに指示を出すという方法もあるのではないでしょうか。内容によっては、そちらのほうが効率的なこともあります。
広木 日本は特にこれから、人口減で人的資源を得るのがますます難しくなってくるので、効率化がますます求められるでしょう。
にも関わらず、DXに本気で取り組まない企業って、少し厳しい言い方をすると「一人だけメッセンジャーを始めない友達」みたいな存在になってしまうのではと思うんです。
本人は「メールで伝えてくれたらいいから」「メッセンジャーがなくても別に苦労してないから」と言うけれど、実際メッセンジャーで連絡網ができているのに、その人にだけメールで連絡しなければならなかったりして、「苦労しているのはこっちだよ」と(苦笑)。
これは会社も同様で、そのうち、顧客からもパートナーからも、誰からも選ばれなくなってしまうのではないでしょうか。
松岡 一方で、今の状況は日本にとって危機であると同時に「チャンス」だとも思っています。
極論、人口が増え続けて、これからも経済成長が見込まれる国は、効率化の観点からするとDXなんてやらなくてもいいんです。しかし、いろんな先進国で労働人口が減っていくフェーズにあるなか、日本人である僕らはすでにそこにいます。
それでも世界で戦っていくためには、効率的に付加価値を生み出したり、本当にやるべきことにフォーカスしたりできる状態にならなければいけない。それに直面しているのが、全世界でも間違いなく日本であり、それを成し遂げるべきは日本企業でしょう。
人がやるべきこととコンピュータがやるべきことを分けて、日本は新しい働き方や価値の生み出し方を他国に先駆けて提示できるのではないでしょうか。
一般社団法人 日本CTO協会 代表理事 松岡剛志
写真右。Yahoo! Japan新卒第一期生エンジニアとして複数プロダクトやセキュリティに関わる。ミクシィに入社し、複数のプロダクトの開発に従事した後、取締役CTO兼人事部長を務めた。その後、B2Bスタートアップを経て、株式会社レクターを創業。CTOの経験を集積し、型にして、広く社会に還元することを目指す。
一般社団法人 日本CTO協会 理事 広木大地
写真左。2008年に株式会社ミクシィに入社。同社メディア開発部長、開発部部長、サービス本部長執行役員を務めた後、2015年退社。株式会社レクターを創業。技術経営アドバイザリー。著書『エンジニアリング組織論への招待』がブクログ・ビジネス書大賞、翔泳社技術書大賞受賞。一般社団法人日本CTO協会理事。
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