デンマーク人は人間関係が理由で会社を辞めない。いい職場づくり、現地のコミュニケーション専門家に学ぶ

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世界トップレベルのワーク・ライフバランスを保ち、効率的な働き方が浸透している北欧の国、デンマーク

ここでは「職場の人間関係」が原因で悩む人を見たことがない。“忖度”という概念は存在せず、誰もが自分の意見をハッキリと主張する。

現地で働く日本人は、このように話します。世界幸福度ランキングで毎年上位にランクインするデンマークの人たちは、どのようにして「職場のよい人間関係」を構築しているのでしょうか? 

その秘訣を探るため、北欧独自のプロフェッショナルな教育職であり、コミュニケーションの専門家である「ペタゴー」として、現地の特別養護学校で働く日本人、櫻井友子さんにお話を伺いました。

「人間関係」で悩んだことは一度もない。デンマークの職場環境

—デンマークの職場では、誰もが自分の意見をハッキリと主張すると聞きました。

そうですね。相手が誰であろうと、デンマーク人は自分の意見をハッキリと言葉で伝えます。

こちらでは「部下」という言葉を使っている人を見たことがなく、校長など目上の人も含めて「ハイ、スザンヌ!」と全員がファーストネームで呼び合いますし、英語と同様に敬語もありません。お互いの距離がとても近いので、「遠慮して意見を言えない」なんてことが起こりえないんです。

私自身も、10年以上デンマークで働いていますが、話しかけづらい威圧的な上司には出会ったことがありません。

もし、上司が不快に感じる言動をしたとしても、「私だったらこうするけど、なんでそんなことをしたの?」と相手に聞きます。と言っても、これはあくまで相手の考えを認識するためで、責める目的ではない。相手がどのような考えや気持ちで、その選択をしたのかを理解したいから聞くんです。

そもそもデンマーク人には「気を遣う」という概念が薄く、人に合わせることなく、自分の考えをストレートに発言するんです。細やかな気遣いを美学とする日本人からすると、彼らの発言が失礼に思えることもありますよ(苦笑)。

だけど、だからこそこちらも言いたいことが言えます。ディスカッションする中でぶつかり合うこともありますが、「お互いが違っていて当然だよね」というマインドが根本にあるので、それで関係性が悪くなることはないですね。

—デンマーク人は「人間関係が理由で会社を辞めることがない」とも聞いたのですが、これは本当ですか? 

たしかに私の周囲にはいませんね。転職する人もいますが、それはキャリアのステップアップのためです。デンマークでは大学で専攻した学部のスキルを活かして就職することがほとんどで、転職する際も同じ業界でよりよい職場を探します。

私が経験したトラブルで言えば、チーム内での連携ミスくらい。ただ、それは「チームワークの問題」であって、「人間関係の問題」ではない。週1のミーティングでバンバン意見を言い合って、その場ですぐに解決できてしまいますね。

「精神的な自立」を助ける北欧の特別資格・ペタゴー

—デンマーク人がそうした人間関係を育むうえで欠かせないのが、櫻井さんのようなコミュニケーションの専門家「ペタゴー」の存在だそうですね。

ペタゴーは社会で生きていくための「自立」を支援する専門家で、幼稚園から高校までの教育機関、障害者施設、高齢者施設、孤児院、病院、女性保護・避難センター、家庭コンサルタントなど、幅広い分野に存在します。

スキルを教える学校の教員とは異なる職業で、ペタゴーの働きかけによって、教えられる側は自分の好き・嫌い・得意・苦手を深く理解し、人との関わり合い方を学んでいきます。そのために、「認識力」「話を聴く力」「自分の意見を言語化する力」の3つを育成するのが、主な役割です。

私は、主に特別養護小学校・中学校に勤務していて、脳機能や脳機能障害などの知識をもとに子どもたちの自立をサポートしています。この3月からは自閉症の子どもだけを扱う北欧最古の特別養護学校に職場が変わりました。

—ペタゴーという職が教員とは別に設けられているのはなぜでしょうか?

デンマークの学校では学年ごとの統一された教科書がなく、各生徒のレベルに合わせて教員がオリジナルの問題集を作成します。加えて、生徒たちの自立をサポートするために、一人ひとりの言動を観察し、各々のパーソナリティーを深く理解する必要があります。

しかし、それではあまりにやるべきことが多いので、スキルを教える教員だけではとても手が回りません。そこで、生徒たちを観察するのはペタゴーの役目であるとして、発した言葉、表情、行動、健康状態、着ている服など、あらゆることを観察します。

ちなみにペタゴーの資格を取得するには、専門の大学で、発達教育学、心理学、社会学、コミュニケーション・組織・マネジメント科、保健学、音楽、美術図工、ドラマ、理科・環境学科のモジュールをすべてパスしたうえで、研修と実務経験を得る必要があります。

歴史をさかのぼると、1974年に教員・ペタゴー組合ができて、現在では教育現場や施設などに欠かせない存在なんですよ。

—デンマークに比べて、日本の義務教育ではみんなで足並みをそろえて成長することを重視しているように感じます。

そうかもしれません。その分、日本は「団結力」や「集団で問題を解決する力」が高いように思いますが。スポーツでも団結して好成績を出すじゃないですか。あと「ブーム」の存在も日本ならでは。デンマーク人は個々の好き・嫌いがハッキリしているので、流行が起こりにくいんです。

ただ、そうした教育の影響もあって、「自分の意見をきちんと言えない」のは人間関係を構築するうえでネガティブポイントになってしまうかもしれませんね。

人の「自立」を可能にするのはグループワークと感情の言語化

—そんなペタゴーのサポートによって、人間関係に振り回されない人たちが育つのだと思いますが、具体的にどんな働きかけをするのでしょうか?

ペタゴーのサポートは、グループワークが軸になっています。

観察によって分かった個々のパーソナリティーに配慮して、あらゆる組み合わせでグループワークを行い、それを通して子どもたちは自分自身の気持ちや自分と他人の違いを理解し、「認識力」を高めていきます。その過程では、自分の感情を言葉に出す訓練を重ねます。

「どうして悲しくなったの?」「どんなときに嬉しいと感じる?」「なぜ、こんなことをしたの?」など、たくさんの質問を受けて、自分の感情を言語化する。さらに、絵を描いて自分と他人の感情を説明する「ソーシャルストーリー」というメソッドを取り入れることで、イメージを通じて強く感情を記憶させます。

その際、ペタゴーは相手に深い共感を示し、子どもたちが悪いことをしても叱ることはありません。

例えば、いざこざがあって相手を殴ってしまった子がいたら、「そうだよね、耐えられないぐらいムカついたから殴ったんだよね。分かるよ」って。「でも、殴ったら相手は痛いよね。もし、また同じことが起きたら、君はまた殴りたい気持ちになると思うよ。また殴ったらどんなことが起きる? 逆に殴らなかったらどうなると思う?」。

—たしかに、共感して、叱ってはいないですね。 

はい。こんなふうに聞いて、「殴った場合」と「殴らなかった場合」の絵を描きながら、いろんな方法があって、何を選ぶとどんな結果になるかを自分の言葉で説明してもらいます。

いくつもの結果を想像し、体験させるこの訓練が、認識力を高め、相手の気持ちを理解しながら自分で考えを発言する力を養うことにつながるんです。たとえ子どもたちが同じ間違いをしても、私たちは止めませんし、「次はこうしなさい」という指示も絶対にしません。

加えて、デンマークには小学校から「筆記試験」のほかに「口頭試験」があり、自分が解答を見つけるまでのプロセスを口頭で説明する試験があります。この口頭試験によって、教員は各生徒の理解度を判断しますから、子どもたちは認識力や発言する力がより鍛えられる。絶対にカンニングができない仕組みでもあるんです。

こうした仕組みの土台として、デンマークには「学習は遊び、遊びは学習」という哲学があり、一人ひとりのペースに合わせて学習するプロセスを “楽しむ” ことを重視します。それぞれが異なる個性を持っているので、同じペースで成長する必要はないと考える。このこともまた、子どもたちに自立を促しているんだと思います。

人はみな違って当たり前「ダメな部下」なんて一人もいない

—日本では、自分の本音を口にできず、部下がフラストレーションを溜めるといった問題も聞かれます。なぜ、このような状況が生まれてしまうと思いますか?

 「お互いの心の距離が遠いこと」が一番の原因ではないかと思います。こちらでは、目上の人にあたる校長や教師のほうから率先して子どもたちの輪の中に入り、「調子はどう?」「何か困ったことはない?」とたくさん声掛けをして、「同じ土台に立っている」ということを言動で示すんです。 

それは、校長も職員もペタゴーも、生徒たちを「教える」のではなく、生徒に「教えてもらう」と本当に考えているから。私も生徒たちが発する言葉によって、自分が成長すると考えているので、生徒に「これは嫌い」「やりたくない」と言われると「よかった!」と嬉しくなります。教える側も教えられる側も一緒に成長していく。これがデンマーク教育の基本哲学です。

これを上司と部下に当てはめると、上司を成長させるのは他でもない「部下」の存在。部下が上司に問題をぶつけるからこそ、上司は成長できるんです。上司が一方的に教えるだけでは、上司も部下も成長できないですよね?

—たしかに。しかし、ビジネスの現場ではいかに早く部下を育て、チームで結果を出していくかを考える必要があります。

難しいですが、「人はみな一人ひとり違っていて当たり前」「ダメな人なんて一人もいない」という前提をまずは受け入れたうえで、相手との距離を縮めていく。それが部下の自立を目指す早道ではないかなと思います。

学ぶスピードも得意分野も一人ひとり違うのが当たり前、1つのことを2年で学ぶ人もいれば、10年かけて学ぶ人もいる。ただ、2年で学んだ人はすぐに忘れてしまうかもしれない。そして、10年かけて学んだ人は途中でさまざまな経験をして、それらを確実に自分のものにしているはず。

どちらが正しいかなんて決められない、決める必要なんてないとデンマークでは考えます。

焦る気持ちもあるかもしれませんが、まずは部下とか上司とか、立場を深く考えずに、友達のように接してみてはどうでしょう?「君は何がやりたいの? それはおもしろそうだね。やってみたら?」「私は前にこんな失敗をしたよ。でも、その失敗はムダじゃなくて、ちゃんと今につながっているよ」って。

こんなふうに話しかけていくと、相手と近い存在になり、逆に向こうから自分の気持ちを話してくれるようにもなるのでは? 私自身は、成功体験より失敗体験を多く聞くほうが距離が縮まりやすくなる気がします。

それに、デンマークの職場では「自分の意見をしっかり言える人」こそ、評価されるんです。

というか、そもそも、自分の仕事に情熱があったら問題は早く解決したいし、相手となんでも言い合える良い関係を作りたいと思いますよね? もしそうだとしたら、仕事のプロセスや相手の言動に違和感を抱えながら仕事を続けるなんてことは、逆に考えられません。

そうではない、部下が何も言えないような環境では、上司のほうも成長できません。部下が自分の意見を言える力を養うには、上司のほうから、質問を通じて、部下と膨大な量のコミュニケーションを行うことが不可欠です。

とにかく壁を作らないことじゃないでしょうか? 人は完璧ではないのだから、分からないことは素直に「分からない」と言っていいし、気負いすぎず、部下の意見を引き出しながら、一緒に成長していけばいいと思います。

Sofieskolen Dagafdeling所属 特別教育指導員 ペタゴー 櫻井友子
1975年生まれ。1999年からデンマークに在住し、現在はデンマーク人の夫と18歳の娘と3人暮らし。University Collage Copenhagen Bachelor in Social Education卒。デンマークの特別教育指導員、専門家「ペタゴー」の資格を持ち、約13年間に渡って、幼稚園・小学校・中学校・高等学校・職業訓練所・障害者施設・特別養護学校で特別教育指導員を務める。専門領域は、自閉症とADHDの生徒への特別教育指導。

[取材・文・撮影] 小林香織 [編集] 岡徳之

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