「1on1」に自信のない上司たちへ。今すぐ有意義にするための処方箋

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1on1ミーティングの必要性が当たり前のこととして認知され、先進的なスタートアップだけでなく、大企業や官公庁でも実施されるようになってきています。けれども実際には、始めたはいいが長続きしなかったり、意義を疑問視する声が現場から上がったりするケースも少なくないとか。大企業の1on1はなぜうまくいかないのでしょうか

今回お話を伺ったのは、クラウド1on1サービス「YeLL」を展開するエール株式会社の代表・櫻井将さんです。「YeLL」は組織のリーダー向けに週1回30分の1on1を提供することにより、リーダー自身の自己理解と行動変容、部下とのコミュニケーション改善を促進するサービス。これまでに約5000回の1on1セッションを実施してきており、大企業の人事などから1on1に関する悩みを寄せられる機会も多いといいます。

櫻井さんによれば、リーダーに求められるコミュニケーションにはいくつかの種類があり、それぞれ必要なスキルも違うし、向き不向きもある。にもかかわらず、多くの企業では、そうしたコミュニケーションのすべてを実行できることをリーダーたちに要求する。これが大企業で1on1がうまくいかないことの最大の理由であり、そのことが多くの上司や人事部を悩ませる要因になっていると指摘します。

だから、まずは一緒くたになっているコミュニケーションを分解すること。次に、それぞれのコミュニケーションを得意(不得意)とする人が社内(あるいは社外も含めて)のどこにいるのかを明らかにすること。そして、役割分担をすること--。これが、大企業の1on1に関する悩みへの処方箋になると櫻井さんは話します。どういうことか、詳しくお聞きしました。

PROFILE
エール株式会社 代表取締役 櫻井将
櫻井将
エール株式会社 代表取締役

新卒でワークスアプリケーションズに入社。営業で社長賞を受賞後、人事総務部のマネージャーを経て、GCストーリーでは営業・新規事業開発・子会社の責任者を歴任。両社でGPTW「働きがいのある会社」ランキングにてベストカンパニーを受賞。2017年より現職。また慶応義塾大学大学院SDMの研究員として「個の幸せと組織の生産性が両立するコミュニケーション」の研究を行う。

 

大企業の1on1が抱える2つの課題

大企業の1on1がうまくいかないことが多いのはなぜでしょうか?

ぼくが捉えている課題は大きく二つあります。

一つは、1on1をする立場にある上司に「1on1を受けた体験」が足りないこと。大企業の人事が1on1を語る際、最初に取り組むのは上司の1on1スキルを向上させることです。スキルがないままにいきなり始めてもうまくいかないだろうと考えて、スキルを身につけるための研修を設計・実施しようとする。けれども、これが最初のつまずきではないか、と。

どんなジャンルにおいても言えることだと思いますが、スキルを身につける時には、必ず最初に「体験」がなければなりません。その「体験」をもとにトレーニングをするからこそ、スキルを習得できるのではないでしょうか。

例えば「料理」にしてもそう。エジプト料理を食べたことがない人に「美味しいコシャリを作ってください」と、親切なレシピを渡して、料理教室で丁寧に教えても、食べたことがない人には作れないのです。1on1の最高のトレーニングは、1on1を「受けること」なんです。

特に、今の40代50代の人たちには、会議室の中で良質な「対話的コミュニケーション」を受けた体験が欠けています。飲み会や喫煙所や深夜のオフィスではしていても、会議室で1対1で向き合って対話をしたことがないんです。その「体験」がないままに、いきなり自分がやる立場になるのは難しいのではないか。これが一つめの課題です。

二つめの課題は、仮にスキルがあったとしても、「関係性の問題」によって難しさが生じることです。ぼくはこれまで、コーチングやカウンセリングなど、一貫してコミュニケーションの仕事に従事してきましたが、どれだけカウンセリングのスキルが上がっても、自分の母親に対してカウンセリングはできません。親子の間だと、どうしても感情が邪魔をしてしまって、お互いにフラットに話すことができないからです。

これは、上司-部下の場合でも同じでしょう。評価や査定をする権利を持つ人、つまり利害関係がある中で、本当の意味でフラットに内面、心の中の話までするのは難しいと思います。

上司自身の「体験」不足からくるスキルの問題と、関係性の問題。この二つが大企業の1on1を難しくしているというのが、ぼくの認識です。

上司に求められるコミュニケーションの4分類

40代50代は対話的コミュニケーションを「会議室では」してきていないとおっしゃいましたが、喫煙所や居酒屋でのコミュニケーションとの本質的な違いは何でしょうか?

上司に求められるコミュニケーションにはいくつかの種類があると思っていて。「行動」を促すのか「内省」を促すのか。「成長」を促すのか「安心」をもたらすのか。この2軸により、大きく四つに分類できるのではないか、と。その四つの分類とは、「面談的コミュニケーション」「対話的コミュニケーション」「雑談的コミュニケーション」「相談的コミュニケーション」です。

これまでの企業では多くの場合、評価・判断し、フィードバックやティーチングを行うことで相手の成長や行動を促すという「面談的コミュニケーション」が重視されてきました。対して残りの三つのコミュニケーションは、比較的軽視されてきたように思います。もちろん、中には相手に共感・傾聴・承認しながら、良質な質問を投げかけてその人自身を掘り下げ、その上で評価・判断を行っていた優秀な上司もいたでしょう。けれども、全体から見ればそれは、ほんのひと握りに過ぎなかったのです。

それなのに、なぜどうにかなっていたのかと言えば、残りの三つのコミュニケーションについては、上司ではなく、横の部署の先輩など、直接の利害関係を持たない人がまかなっていたからではないでしょうか。それが喫煙所であり、居酒屋であり、深夜のオフィスでのコミュニケーションだったのだと思います。

しかし、生産性と効率を求めた結果、現在では飲み会も、喫煙所も、深夜残業の機会も減ってしまいましたよね。そうすると、「面談」以外の三つの機能は担保できなくなってしまう。そこで、この問題を仕組み化することで解決しようとしたのが1on1である。ぼくはそう理解しています。

なるほど。

さらに言えば、「相談」「対話」「雑談」的なコミュニケーションの重要性自体も、これまで以上に高まっているように思います。

というのも、終身雇用の時代であれば、上司のコミュニケーションが「面談」一辺倒で、承認も傾聴もせずに「お前はここがクソだからこれをやれ」という言い方をしていたとしても、言われた側が会社を辞めることはないから、問題が表面化しなかったんです。ところが、終身雇用が崩壊した今では、ちょっと厳しい言い方をしただけでも辞めてしまうから、それ以外のアプローチが必要になってくる。

人が成長するためにはなんらかの気づきが不可欠です。でも、人は自分にとって大切なもの以外の刺激にはほとんど気づくことなく日常を過ごしています。NLP(Neuro Linguistic Programing、神経言語プログラミング)という心理学的なアプローチでは、人が五感で受けている全刺激のうち、意識的に気づけるのは0.01%以下と言われています。

これまでの人事制度は、配置換えにせよ研修にせよ、外部から与える刺激を強くすることで、気づきを増やすという方向性のものが多かったと思います。ですが、「やりたいことができないなら辞めます」「転勤しなければいけないのなら辞めます」という人が増え、すぐにハラスメントだ、メンタルヘルスだという問題になってしまう今では、刺激を強めることで気づきを与え、成長を促すというアプローチを取るのは難しくなっている。

このような経緯で今、傾聴、承認、質問といった、刺激の「強さ」はそのままに、気づきの「範囲」を広げるためのコミュニケーションの重要性が高まっているのだと考えられるでしょう。

コミュニケーションを分解し、分担し、仕組み化せよ

では、実際にどうすれば、大企業の1on1はうまく機能するでしょうか?

四つのコミュニケーションにはそれぞれ異なる役割があります。と同時に、人によって得手不得手があると思っていて。これまで「面談的コミュニケーション」だけをやってきた人が共感や傾聴ができないのと同様に、共感的に部下の話を聞くことには長けているけれども、一方でグッと引っ張り上げることができない上司もいます。そうした得手不得手に目を向けることなく、すべてのリーダーにすべてのコミュニケーションをやらせようとしていること自体が非常に非効率です。ビジネス視点で言えば費用対効果が悪いんです

だから、1on1を機能させるためには、四つのコミュニケーションをきちんと分解し、まずはリーダー自身が、自分はどのコミュニケーションが得意で、どれが苦手なのかを理解すること。その上で組織としても、「どこに」「誰の」「どれだけの時間を割くのか」を仕組みとしてしっかりデザインすることが重要ではないか、と。

現状、1on1と呼ばれているものは、四つのコミュニケーションが一緒くたになってしまっているということですか?

そう思います。ひとくちに1on1と言っても会社によって定義が違っていますが、一番広い定義で「全部やれ」といっている会社が多い気がします。

日本で1on1が流行り始めたきっかけは、IT業界における事例が広まったことだろうと思います。とある会社では基本的に「上司はすべてのコミュニケーションができなければならない」という前提に立ち、四つすべてのコミュニケーションができない人はリーダー失格であるとして、降格処分にしたんだそうです。

つまり、それくらいドラスティックにやるという覚悟がない限り、四つすべてのコミュニケーションを上司に求めるのは無理がある、僕から言わせるとありえないこと。だって、コミュニケーションのことを四六時中考えている僕ですら、メンバーとの1on1でうまく行かないことだらけなんですよ。

にもかかわらず、形だけ真似をしてしまっているところが多い、というわけですね。

さらに言えば、その会社でさえ、制度導入後2年を経ても、「上司に対してキャリアの相談ができたか?」という項目のスコアは上がらないままだといいます。これはおそらく、上司-部下の関係性が、1on1において本来的にもつ限界を示している。つまり、冒頭にもお話しした通り、どれだけドラスティックに取り組んだとしても、利害関係にある上司-部下の関係ですべてをさらけ出すのは難しい。これは数字にも表れているということです。

だから、メンター制度などを作って社内で完結させるのか、あるいは弊社のような外部サービスを取り入れるのか、やり方は企業によってさまざまでしょうが、本当に1on1を機能させようと思ったら、コミュニケーションを分解し、上司以外の人も含めて役割分担をすることは、不可欠ということだろうと思います。

ちなみに、弊社の場合で言えば、CEOであるぼくは雑談だけの1on1をしています。「へー、そんなことをやっているんだ」などと30分、雑談だけをする。相談的コミュニケーションを行うのは、仕事が一番できるCOOの役割です。彼は手厳しいフィードバックをバンバンするんですけど、でも、そこでいくら厳しいことを言われようとも、一方では「自分は会社の中に存在していて大丈夫なんだ」という感覚をぼくが担保している。メンバーからすると、だから安心してフィードバックを受け入れられる、というところがあるようです。

この役割分担は、実は対象となる社員によって違ってもいます。人によっては逆に、COOが雑談をやり、ぼくが厳しいフィードバックをやるケースもある。そこは相性だったり、パラレルワーカーが多く在籍する弊社ならではの事情だったりも関係しているのですが、いずれにしろ重要なのは、四つのコミュニケーションの機能が担保されていること。

担保するために、ぼくたち自身もYeLLのサービスを使っています。特に対話的コミュニケーションは利害関係がなければないだけやりやすいので。そういう関係が社内外のどこかにあれば、人は安心してチャレンジできるし、ひいてはそれが間違いなく成長につながります。

1on1をすぐに有意義なものに変える意外な方法

1on1を有意義なものにするために、さらにお伝えしたいことが二つあります。一つは、コミュニケーションを分解したあと、誰がどの役割を担うべきなのか、についてです。

「YeLL」では、セッションを終えるたびにクライアントに満足度を聞いています。毎回満足度の高いセッションを行っているサポーター(セッションを行う専門家)は優秀と言えますよね。

しかし、そんな優秀なサポーターであっても、時々満足度が低くなることがあります。サポーターのスキルに問題がないのだとしたら、何が原因だと思いますか?

ぼくらはそれは、サポーターとクライアントの「相性」ではないかと考えました。実際にデータを元にいろいろと調べていくと、例えばコーチの「主張する力」とクライアント側の「傾聴力」の偏差値が近い者同士がいいとか、状況受容力(ストレス状況にある時に、これが低い人は問題をすぐに解決したいと思う。逆に、高い人は一晩寝てから考えるようなタイプ)の傾向が近い者同士がいいといった「相性」が、確かにデータとして浮かび上がったんです。

コーチとしての能力の高さよりも、相性の良さが満足度に影響を与えていた、と。

だから、お伝えしたいことの一つめとしては、誰がどの役割を担うべきなのかについて考える際、相性は科学できるということです。

弊社の思想は、1on1は必ずしも社内で完結する必要はなく、社外に優れた専門家がいるのであれば、組織の枠組みを超えて、社会全体で最適化したほうが効率的だろう、というもの。ですが、例えば弊社のもつこうしたデータを使ってもらうことで、各社が社内の1on1をより機能的なものとしてデザインすることも可能だろうと思います。

ただ、ですね。相性についてはもっと興味深いことも分かっていまして。「相性が悪かった」と感じたクライアントに詳しく話を聞いていくと、「セッションを開始して10分以内には、すでに違和感を感じていた」と言うんです。そこでさらに深く話を聞いて、その「違和感」を言語化してもらったところ、揃って「会話のテンポが合わなかった」とか「言葉遣いが合わなかった」「相槌のタイミングが合わなかった」という答えが返ってきた。これをもとにさらにデータを収集してみると、確かにこれらが合う人に対しては「相性がいい」と判断していることが分かったんです。

ここから見えてきたのは、1on1というとすぐに「共感しなきゃ」とか「質問しなきゃ」というふうに難しく考えてしまうんだけれども、そんなことよりも、相手の会話のテンポに合わせるとか、相手が使った言葉をそのまま使うとか、相手のペースに合わせて相槌を打つとかいったことのほうが、よほど有効な可能性があるということです。

これは、意識すれば誰にだってすぐにできることですよね。であれば、やらない手はないだろうということを、まずはお伝えしたいと思います。

なるほど。セッションを有意義なものにするために、意外とすぐにできる工夫があるんですね。そしてもう一つは?

1on1を実施する対象について、なんですが、本人の成長意欲と現状認識の関係により、部下を以下の四つのタイプに分類した場合、成長意欲の低い下二つのタイプの人は、上二つのタイプの人と比べて、1on1の効果が出にくいことが分かっています。

実際に1on1がうまくいかずに悩んでいる上司の人に話を聞くと、下二つのタイプの人に対する1on1で苦労しているケースが非常に多い。であれば、まずは上二つのタイプの人に優先的に1on1を行い、下のタイプの人については1on1以外の仕組み、例えば研修などを行うことによって成長意欲を引き出した上で、1on1を実施するのがいいのではないか、と。

もちろん、一見下のタイプのように見える人に対しても、「本当は潜在的に成長意欲を持っているのではないか」とか、「やりたいと思っていることがあるに違いない」という意識で接する必要があるというのは、上司の姿勢として大前提ではあります。でも、これもビジネスである以上、費用対効果を考えないわけにはいかないですから。

1on1は間違いなく素晴らしい仕組みですが、万能ではないということもまた、知っておいたほうがいいのではないかと思います。

[取材・文] 鈴木陸夫 [企画・編集] 岡徳之 [撮影] 伊藤圭

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