尖った人材を活かす組織・つぶす組織、決定的な違いを生む「上司・部下の関係」とは?

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組織として長く続き、そこにいるメンバーが固定化すると、どうしても価値観の同質化が起きてしまい、事業の革新やそれを促そうとする動きは停滞しがち。しかし近年は、転職やベンチャー企業への就職、あるいは社外での活動をする人も増え、社外の情報や人脈、働き方やカルチャーを、社内での仕事やキャリアにも活かしたいと考える「尖った人材」が少しずつ現れてきています。

そんな尖ったメンバーが越境学習を通じて得た知見を、いかに組織のナレッジとして結合させ、新たなビジネスのタネにするのか――。模索するマネジャーの方も増えているのではないでしょうか。

以前、当プロジェクトでも紹介した、ベンチャー企業へ移籍し期間限定で働く「レンタル移籍」は、まさにそうした尖った人材を生み出そうとする取り組み。実際にレンタル移籍を経験した社員が自社のチームに戻ってきたとき、マネジャーはどんなマネジメントに取り組んでいるのか。「尖った人材」がベンチャーで得た知見をどのように活かしているのか――。

レンタル移籍を導入し、自社社員を送り出したアステラス製薬株式会社Rx+事業創成部長の渡辺勇太さんに話を伺います。

PROFILE

アステラス製薬株式会社 Rx+事業創成部長 渡辺勇太
渡辺勇太
アステラス製薬株式会社 Rx+事業創成部長
写真右。1994年旧山之内製薬株式会社入社。臨床試験の企画・推進を担ったのち、国内外においてグローバルプロジェクトリーダーとして医薬品のグローバル開発の推進に従事。この間、機能のグローバル化や新規領域立ち上げに伴う組織・機能開発に携わる。開発機能企画部門長としてヒト、モノ、カネのマネジメントや新プロセス開発・導入に携わったのち、2018年より現職。新規事業となるRx+TMプログラム(自社ケイパビリティと異分野技術・ノウハウを融合した新たな医療ソリューション)創出に従事。

「社内のエース」がベンチャーで挫折

―まず、渡辺さんがいる「Rx+事業創成部」というあまりなじみのない部門名ですが、どういった事業に取り組んでいるのでしょうか。

これまでアステラス製薬は「製薬」というくらいですから、主に医薬品を作る会社でした。けれどもテクノロジーの進歩によってユーザーのライフスタイルや価値観は大きく変わり、ヘルスケア分野にもアップルやグーグルなどIT企業を中心に異業種が参入する中で、ヘルスケアのあり方は大きく変わりつつあります。

既存事業はどちらかと言えば、患者さんの「治療」を目的としていましたが、これからの事業は「予防」の段階から医療機器やデジタルデバイス、サービスの活用も含めて包括的にサポートする「ペイシェント・ジャーニー」を考えていくことも重要となります。そこで、2018年から新規事業としてRx+事業創成部を立ち上げたのです。

―異業種異分野の企業とパートナーシップを結びながら、新規事業開発に取り組む部署ということですね。そこで、ベンチャー企業へ移籍し期間限定で働く「レンタル移籍」を導入したきっかけは?

レンタル移籍した神田直幸さん(右)
レンタル移籍した神田直幸さん(右)

もともとは畑中(好彦 代表取締役)会長が興味を持って導入を決めたのですが、「まさにこれだ」と感じました。我々が取り組む新規事業開発にはイノベーションが必要ですが、その主なプレーヤーはスタートアップとなっています。彼らがどんな考えや判断を経てどんなアプローチをしているのか、当然外からは分かりません。レンタル移籍によってそれをうかがい知れることはとてもいい機会になると思いました。

―実際にレンタル移籍に取り組むメンバーとして神田直幸さんを選んだのは?

半年という限られた期間ではありますが、そういった機会に興味があるか、とはじめに声をかけたのが神田さんでした。すると、ぜひやってみたい、と。特に指名しようという意図はありませんでしたが、意欲のある人にぜひ行ってもらいたいと考えていましたので、そのまま神田さんに2018年10月から半年間、レンタル移籍してもらうことになりました。

―移籍先にオフィス向け無人コンビニ事業を展開する「600」を選んだのはなぜですか。

オフィス向け無人コンビニ「600」
オフィス向け無人コンビニ「600」

移籍先は本人の希望に任せていました。レンタル移籍にあたり、神田さんに計画書を作成してもらいましたが、600は2017年創業のスタートアップで、社員数20名の事業創成期。導入企業はあるものの、これから本格的に市場展開していくチャレンジの最中で、「ゼロイチ」を経験できる会社だ、ということ。

そして代表の久保渓さんは日本では数少ないシリアルアントレプレナーで、複数回事業を立ち上げ、成功も失敗も経験していることが大きな理由だったようです。その経験やノウハウを吸収したい、と。先方とも面談したうえで、晴れてレンタル移籍することとなりました。

―600で神田さんはどのような業務に取り組んだのでしょうか。

レンタル移籍中の神田直幸さん(上段・左から4番目)
レンタル移籍中の神田直幸さん(上段・左から4番目)

担当業務としては営業で、オフィスコンビニの無人自動販売機の新規顧客開拓を一人で任されていました。神田さんはもともとうちの部署に来るまでは7年半ほどMR(医療情報担当者)として勤務し、社内でもトップクラスの成績を収めていました。

「患者さんの役に立てることを考えたうえで、医師に提案する。医療従事者とともにパートナーになることが大切。相手が求めている以上のことを提供するのが、営業としての使命だ」と、自負を持って営業に取り組んだようですが・・・なかなか思うように契約を取れず、かなり深刻に悩んでいました。

600さんでは週4日勤務なので、残り1日の週に一度はアステラスへ戻って仕事をして、週報も書いてもらっていたのですが、「せっかく自分に投資してもらっているのに、何の貢献もできていない。このままでは会社のコストにしかならない」と、一時はレンタル移籍を途中で辞めることを考えるほど、相当ショックを受けていたようです。

―神田さんはその状況からいかにリカバーしたのでしょうか。

どん底になるほどのギャップを感じてはじめて、自分を客観視できたのかもしれませんね。何の貢献もできていない自分を受け入れて、何か他にも貢献できることはあるのかと模索を始めた。

それまで自分だけで考えていたのを、久保代表ともよく話をするようになって、ビジョンを深く理解し、自分でも語れるようになることが大切だと気づいたようです。それまではどこか、ビジネスモデル自体に納得のいかない部分を感じながらも、やみくもに飛び込み営業をしていた。それを、自分なりに仮説を立てて、どこへアプローチをするのかを考えて営業するようにしたところ、しっかりと売れるようになってきたそうです。

結果として半年で30台販売することができましたから、いまのところ「世界一600を売った男」と呼ばれているようです(笑)。

アステラス製薬株式会社 Rx+事業創成部長 渡辺勇太

上司に反論。半年間の移籍で得た「尖り」

―600から戻ってきた神田さんは、いまどんなことに取り組んでいるのでしょうか。

いまはうちで取り組む3つのプロジェクトのうち一つを彼にお願いしています。他社と組んでプロジェクトを進める必要があるのですが、確かな信頼を得て、多くの人を巻き込んで進められるようになってきました。

―神田さんがレンタル移籍を経て変わったのはどんなところでしょう?

一言で言うと、利他性でしょうか。他のメンバーも彼の非認知能力における成長を認めているようです。周りを見て、何か自分にもできることはないか、とサポートしている。それは大きな違いだと思います。

それと、これまでは「どうしたらいいんでしょうか?」と上司にお伺いを立てるようなこともあったのですが、そういった言動はほとんどなくなりましたね。会議でも、これまでは私の発言に対して「その通りですね」と同意するばかりだったけど、いまはほとんど言いません。「なぜですか?」「それはおかしいんじゃないですか」とむしろ、反論してくることのほうが多いかもしれない(笑)。私の言うことに腹落ちできないようなら、必ず説明を求めてきます。

もう一つは、いま任せているプロジェクトはグローバルで進めているのですが、以前なら頑なに英語を話そうとしなかったのです。「いや、本当に喋れないんです」と、一言も発さない。私自身もグローバルの経験もありますから、「会議の場なんだから、なんでもいいから話してくれよ」と、正直戸惑っていました。けれどもいまでは、プレゼンをしている人に対して、「ここは違う」と、ハッキリ言えるようになりました。これまではやはりどこか、プライドが邪魔していたんでしょうね。

レンタル移籍した神田直幸さん

―それはかなり大きな変化ですね。

いや、本当によかったです。正直、期待以上というか・・・ こうなるとは思っていなかった。大成功ですよ。もちろん、名目上は会社の事業開発のため、という目的はありましたが、半年ですし、彼自身の人生のため、なにか少しでもヒントをつかんで、力をつけてくれればいいな、くらいの気持ちでしたから。これほど周囲にもいい影響を与えたり、ビジネスを着実に推進する力を身につけたりしてくれたのは、本当にありがたいと感じています。

―どうしてそれほどの変化が現れたのだろうとお考えですか。

我々のような大企業とベンチャー企業とで大きく異なるのは、切実さという面もあるかもしれません。

600さんは今年1月に資金調達を実施していますが、直前まではかなり厳しい局面もあったようです。営業を担当する神田さん自身が契約を取れなければ、会社の経営に直結する・・・。彼も「人生でいちばんつらい経験だった」と言っていましたが、それほどの危機感を共有していたということでしょう。

大企業では良くも悪くも余裕がありますし、社員一人にかかる負担感はさほど大きくない。ですから、ある程度スピード感には差が出てきますよね。

それに、ベンチャーではステークホルダーから選ばれなければ契約につながらないし、説明責任を果たさなければ投資もしてもらえない。そうなると、事業を進めていくためにはパッションやビジョンが必要になってきます。

そういった中では、「上司がこう言ってるなら、そういうことだろう」程度の理解度では、適切な判断ができない。ですから、きちんと説明を求めるようになったのだと思います。

アステラス製薬株式会社 Rx+事業創成部長 渡辺勇太

上司・部下の「親子関係」が尖りを失わせる

―もし、神田さんがベンチャー企業での経験を経て、「ベンチャーのほうがやりがいもある」「働きやすい」と、そのまま辞めてしまうようなことは懸念しませんでしたか。

そういった懸念がなかったわけではありません。ただ、私は彼の家族でも親でもありませんから、仮に彼がそういうキャリアを選択したとしても、やむを得ないことだろうと考えていました。とはいえ、彼自身はもともと「ヘルスケアで社会に貢献したい」という強いを持って当社に入社していたようですし、今回の経験で転職を考えたことはなかったようですが。

―神田さんはレンタル移籍によって「覚醒」したというか、ある意味「尖った人材」に変貌を遂げたように感じます。一方で、受け入れる会社側がそういった人材を活かしきれないことも起こりうるのかと。会社の方針に対して何かと反論したり、社内の枠組みや論理を超えて仕事を進めたりすると、「調和が乱される」と感じる人も出てくるのではないでしょうか。

そうですね・・・ ある種、上司と部下が「親と子」みたいな関係になっていたのが、終身雇用を前提とした企業のあり方だったと思うのです。我々自身も若手のころはそういう感じで育てられましたし、恩義を感じていました。その方法論しか知らずに部下と接するような上司でしたら、尖った部下を面倒に感じたり、疎ましく思ったりするのかもしれません。

アステラス製薬株式会社 Rx+事業創成部長 渡辺勇太

ただ、私自身がそうならなかったのは、うちの部署の性質もあるのだと思います。これまでの経験が通用しない取り組みですし、あらゆることがラーニング環境下にある。決まった答えがあるわけではありませんから。彼の「親」になれるだけの素養も威厳もなかったのです。

―部下と意見が食い違うこともあると思うのですが、そういったときにはどのようにコンフリクトを解消されているのでしょうか。

先日、まさにそういうことがあったのですが、神田さんに任せているプロジェクトが想定以上にうまく進んでいて、他の2つと足並みが揃わなくなってきたのです。神田さんとしては「このまま先行して進めたい」という意見でしたが、会社としては3つ揃ってやらなければいけない理由がある。それを率直に伝えて、結果的には私の決定を支持してもらいました。彼が納得したかどうかは分からないけど、理解はしてくれたと思います。

議論の中で反論を受けると、上司としてそれに対してムキになってしまうことがありえます。けれどもそこで感情的にならず、論理的に違う言い方で伝えると、お互いのスタンスに立って、それぞれこういった考え方の違いになるんですね、と理解することはできる。正解のある議論をしているわけではありませんし、あくまでゴールにたどり着くプロセスが違うのだ、と認識することができるのです。

上司がムキになるのは、その理由にもよりますが、その多くは、自分が部下よりも年上で、自分のほうがよく知っていると思い込んでいる場合がある。しかしそもそも、組織と従業員は対等な関係であるべき。もちろん、上司のほうが知識としては知っていることも多いだろうけど、対等な関係ではお互いの考え方を知り、尊重することが大切です。何か経験に基づいた意見を求められれば共有しますが、基本的には「やりなはれ」の精神でマネジメントしています。

アステラス製薬株式会社 Rx+事業創成部長 渡辺勇太

会社とは個人が持つ「Will」を後押しする箱

―どうしても多くのマネジャーは、自分の方法論にとらわれてしまいがちです。なぜ、渡辺さんはそこまで謙虚でいられるのでしょうか。

そうですね・・・ 私には「トラウマ」に近いくらいの経験がありまして、それこそ中学生のころなんですけど、部活動でキャプテンをやっていて、「なんでちゃんと練習しないんだ」と怒鳴り散らすようなやり方をしていたんです。すると、周りがついて来なくて、部員が一気に辞めてしまった。それから、自分は「リーダー」には向かないんだと、何か機会があっても全部断るようになったのです。

けれども会社に入って、面倒見のいい先輩の方々と出会いました。前の上司がまさに「やりなはれ」と背中を押してくれる人だったのです。私も「これとこういう案があるんですけど、どっちがいいと思いますか?」とお伺いを立てるような聞き方をしていたけれど、「お前はどうしたいの?」と聞き返されて、判断を委ねることが甘えだったと気づかされました。

―これから企業において、会社と社員の関係はどのように変わっていくべきだとお考えでしょうか。

ある程度、価値観を共有できる人の集まる場所が「会社」という一つの箱なのだろうと思います。けれども、社会環境の変化、兼業や副業を許可する動きも出てきて、その箱の境界線が曖昧になってきています。それに伴い、ドラスティックな変化や戦略変更を余儀されなくなることもあるでしょう。

そのとき、個人の「Will」を共有し、共鳴し合う人同士が一緒にいる世界になると思うのです。ただ、その比率が100%ではなく、8割はアステラス製薬で、残り2割は他の会社、という関係性も出てくるでしょう。場合によっては、変化に伴って一度辞める人もいるかもしれないし、その人がまた戻ってくることも考えられます。実際、「出戻り」みたいな社員もいるんですよ。それでいいと思うんです。ネガティブなことでも、躊躇する話でもない。

新規事業では内発的動機の重要性が語られますが、やはり、それがなければ結果を出すのも自己実現も難しいと思うのです。これまでのように「答え」が決まっていて、右肩上がりの成長が続くような社会ではなく、不確実な状況で、正しいか正しくないかは誰も分からないからこそ、個人が持っている「Will」・・・ 情熱を持ってやりたいことを実現できるような社会であり、それを後押しするのが、会社であってほしいと思います。

アステラス製薬株式会社 Rx+事業創成部長 渡辺勇太

[取材・文] 大矢幸世 [企画・編集] 岡徳之 [撮影] 伊藤圭

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